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潮球  作者: カミツキ
3年目の海

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80/91

第80話 光る、前

大久野島の影が、試合区画の南側へ落ちていた。


 北東から来た潮が島の手前で分かれている。一方は沖へ抜け、もう一方は岩礁に沿って区画の内側へ戻っていた。


【北東→南西 秒速0.6m】

【島影内 弱流】

【南側岩礁付近 収束あり】


 収束する場所では、水面の泡が細い帯になって南西へ流れている。その横には、島影に入って動かない水があった。


 流れる場所と、止まる場所。


 二つの境目が、浮標の間を斜めに切っている。


 凪はベンチから海を見た。


 右足を地面につける。踵を上げ、爪先へ体重を移した。


 一度目は動く。

 二度目を踏む前に、ふくらはぎの奥が硬くなった。


「まだです」


 遥香の声に、凪は踵を下ろした。


「第1ピリオドは、陽さん、渚さん、七海、心春。私が水面へ残ります」


 ホワイトボードの先発欄に、五人の磁石が並んでいた。


 凪、花、結、芽衣はベンチに残る。


「最初から行かんでええん?」

「第1ピリオドを捨てるわけではありません。今の五人で止めながら、今年の形を確認します」


 遥香は忠海中央の欄へ目を向けた。


 忠海中央の五人が、入水位置へ並んでいる。

 去年の映像にはいなかった名前が、その中央にあった。


 久野みなみ。二年。

 小柄な選手だった。


 ドライスーツの袖口を一度引き、海を見下ろしている。隣の選手がゴーグルを下ろしても、みなみの右足だけが水面の手前で止まった。


 一秒。


 忠海中央の四人は振り返らない。

 誰も急かさない。


 みなみは岩礁の位置を見た。次に浮標。その間を流れる泡を追い、右足を海へ入れた。


 開始の笛が鳴った。


 第1ピリオド。


 四つの潮核が区画へ入る。


 忠海中央の四人が、それぞれ別の潮核へ向かった。


 中央。

 沖側。

 島影の手前。

 南側の収束流。


 四人の手が潮核へ触れる。

 四か所で、青い発光ラインがついた。


 手。

 足。

 胸。


 みなみだけが光っていない。


 遥香は水面から四つの青を見た。


「沖!」


 入水前の七海へ声を飛ばす。


 七海が沖側へ向かい、陽は中央へ潜った。渚は南側の収束流へ入り、心春がその後ろへ続く。


 四つとも、ゴールゾーンへ届く場所にある。


 陽が持球者の足へ触れた。


 一秒。


 渚は収束する水へ肩から入り、青い発光ラインとの間に体を置く。七海も沖側の持球者へ近づいていた。


 心春は渚の動いた方向へ寄る。


 その間に、みなみが島影へ入った。


 発光ラインはない。


 岩礁の色とドライスーツが重なり、両足から先が見えなくなる。


 遥香が息継ぎに上がった心春を見つけた。


「心春、島影!」


 心春が顔を向ける。


 中央の持球者が潮核を離した。手足と胸の青が消える。


 潮核だけが、流れの弱い側へ落ちた。


 次の瞬間、島影の奥で青い線がついた。


 みなみの右手。

 両足。

 胸。


 潮核を受け取った体が、岩礁の横から出てくる。


 心春は渚から離れ、島影へ戻ろうとした。一蹴りでは届かない。


 みなみは潮核を胸元へ引いた。弱流から収束する水へ入った瞬間、腰だけが南西へ持っていかれる。


 潮核が右腕から外れかけた。

 左手で抱え直す。


 赤い発光ラインが近づく前に、みなみは体を沈めた。


 青い光が、ゴールゾーンへ入る。


 得点ブザーが鳴った。


 スコア:忠海中央高校 1-三原中央高校 0


 残る三つの潮核は動き続けている。


 みなみは浮上しない。ゴールゾーンの下から体を起こし、島影へ戻った。


 別の場所では、忠海中央の上級生が潮核を保持している。


 陽の手が発光ラインへ届く。


 一秒。


 持球者は陽を引いたまま、沖側へ流れた。七海は別の青を追っている。渚も収束流の近くから戻れない。


 二秒。


 心春が陽へ寄る。


 その背後で、光っていない忠海中央の選手が島影へ入った。


 今度は、みなみではない。


 心春が息継ぎに顔を出した。


「戻って! 島影!」


 遥香の声を受け、心春が進路を変える。


 持球者の青が消えた。


 島影の反対側で、別の手足と胸が青く光る。


 心春は受け手へ向かった。


 その一歩で、陽との間が空いた。


 忠海中央は島影の選手へ運ばない。受け取った選手はすぐ潮核を戻し、陽と心春の間へ流した。


 中央の上級生が受け取る。


 渚が戻る。


 発光ラインへ手を伸ばすが、収束流が腰を南西へ引いた。指先が胸の線を外れる。


 七海が沖側の潮核から離れた。

 中央へ向かう。


 一度、岩礁側へ流される。

 両腕で水を押す。

 もう一度蹴る。


 持球者がゴールゾーンへ入る前に、七海の手が左足の発光ラインへ重なった。


 一秒。


 持球者は進まない。七海を引いたまま、島影側へ横に流れる。


 二秒。


 陽が内側へ戻る。渚も正面へ入った。


 三秒。


 青い発光ラインが消えた。


 落ちた潮核を心春が拾う。手足と胸に赤い線がつく。


 正面には忠海中央の上級生。


 心春は渚へ顔を向けた。


 渚は収束流へ入っている。


 心春は出さなかった。


 渚が戻る場所へ潮核を流し、すぐに手を離す。赤い発光ラインが消えた。


 渚が受け取るより先に、忠海中央の選手が軌道を外へ押した。


 青い線が一瞬つき、消える。


 潮核は区画の外へ流れた。


 三原中央の得点にはならない。


 それでも、忠海中央の二点目も入らなかった。


 次の攻防では、心春は渚についていかなかった。


 渚が収束流へ向かう。

 心春は、渚が戻る側へ残る。


 光っていない選手が島影へ入っても、追わない。


 忠海中央の持球者が潮核を離す。


 島影の奥で青がついた。


 心春は受け手ではなく、その内側へ入った。


 進路が一つ消える。


 みなみが外側へ走り、別の上級生が中央を埋めた。


 忠海中央は無理に運ばない。潮核を浅い側へ戻し、残る別の一つへ形を移した。


 止めても、崩れない。


 誰が島影へ入るかだけが変わっていく。


 第1ピリオド終了のブザーが鳴った。


 スコア:忠海中央高校 1-三原中央高校 0


 岸へ戻ると、遥香はゴーグルを外しながらホワイトボードへ向かった。


 優奈のノートには、忠海中央の五人の名前ではなく、五つの丸が並んでいる。


「持っている人を隠していません」


 遥香が四つの丸を青で囲んだ。


「持つ前の人?」

「はい。光る前に島影へ入っています」


 優奈がページをめくった。


「持っていない人が、毎回違います」

「みなみだけじゃないんじゃね」


 花が忠海中央のベンチを見る。


 みなみは上級生の話を聞きながら、島影の出口を指でなぞっていた。先制した選手を囲む者はいない。


「一人を見ても、次は変わります」


 優奈は五つの丸を順に結んだ。


 結が遥香を見る。


「全部の青を見たらええん?」

「全部を追ったら遅れます」


 遥香は区画図にある島影を囲んだ。


「見るのは、島影から出られる場所だけです」

「三つ?」

「はい。内側、中央、岩礁側。誰かが息継ぎに上がった時に、空いている出口を伝えてください」

「青が消えた方じゃなくて?」

「次につく方です。ただし、島影へ入る人が本命とは限りません」


 結の指が止まった。


「囮にもするんじゃね」

「去年と同じです」


 遥香は磁石を二つ動かした。


 心春から花。

 遥香から結。


 第2ピリオドは、陽、渚、七海、花、結。


「心春は、渚さんが戻る場所を残せていました」

「でも、取れませんでした」

「次に使います」


 心春は頷き、濡れた髪をタオルで押さえた。


 花が海へ向かう。


「三十分じゃろ」

「今のところは」

「今のところって何」

「使える時間が減れば変えます」

「減らさんけえ」

「そういう話ではありません」


 花は口を閉じ、ゴーグルを下ろした。


 第2ピリオド開始の笛が鳴る。


 新しい四つの潮核が区画へ入った。


 忠海中央は、また四人で四つを拾った。


 四か所に青い発光ラインがつく。


 結は青を追わない。


 水面から、島影にある三つの出口を見る。


 陽が中央へ潜る。

 渚は南側の収束流。

 花が岩礁側の持球者へ触れ、七海は沖側へ走った。


 島影へ入ったのは、みなみだった。


 みなみの足が、岩礁の手前で一度止まる。


 入らない。


 四つの青も消えない。


 結は待った。


 陽が中央の持球者へ近づく。持球者は弱流へ入り、速度が落ちていた。


 陽が息継ぎに顔を出す。


「陽、中央は追わんで!」


 陽は一度だけ中央を見て、別の青へ向きを変えた。


 花は岩礁側の青へ接触を続ける。渚も収束流から戻らない。七海だけが、弱流へ入った青を振り返った。


 中央の持球者が潮核を離す。


 青い発光ラインが消えた。


 潮核は島影へ向かわず、流れの弱い場所へ残った。

 持球者はそのまま別の攻防へ移る。


 捨てた。


 三原中央の四人も、残る三つへ向かった。


 弱流の潮核だけが、浮標の外へ近づいていく。


 七海が息継ぎに上がった。


「七海、後ろ!」


 結の声に、七海が振り返る。

 次の青へ向けていた体を反転させた。


 岩礁から戻る水が胸へ当たり、進路が外へずれる。


 両足を蹴る。


 一度。

 もう一度。


 潮核が区画の外へ出る前に、七海の右手が届いた。


 胸と手足に赤い発光ラインがつく。


 忠海中央の五人は、すでに残る三つへ散っている。


 七海の前に、誰もいない。


 長く持たない。


 収束流の手前へ潮核を流す。赤い発光ラインが消えた。


 渚が下から入る。


 収束する水が潮核の底を押し、予定より速く南西へ運んだ。


 渚は抱えない。


 両手で軌道を中央へ変える。


 赤い線が一瞬つき、消えた。


 花が受け取る。


 胸と手足に赤い発光ラインがついた。


 忠海中央の上級生が左足へ触れる。


 一秒。


 花はゴールゾーンへ向く。


 島影から戻る水が右肩へ当たり、上半身だけが内側へ押された。潮核が胸元から外れかける。


 左腕で挟む。


 二秒。


 正面には別の忠海中央の選手。


 花は右足を蹴らない。


 触れられた足を残し、左足と両腕だけで体を沈める。


 青い手が胸元へ伸びた。


 赤い発光ラインが、ゴールゾーンへ入る。


 得点ブザーが鳴った。


 スコア:忠海中央高校 1-三原中央高校 1


 花は浮上しない。


 残る三つの潮核へ向かう。


 七海も弱流から戻り、次の持球者の外側へ入った。


 忠海中央は同点になっても配置を変えない。


 みなみが、もう一度島影へ向かう。


 発光ラインはない。


 結は三つの出口を見る。


 みなみの右足が岩礁の手前で止まった。


 一秒。


 結の視線も、そこへ残った。


 みなみは島影へ入らない。


 反対側で、一つの青い発光ラインが消えた。


 その選手が潮核を離し、島影とは逆の岩礁裏へ潜る。


 結が顔を向ける。


 別の持球者が潮核を横へ流した。青い発光ラインが消え、岩礁の裏で手足と胸に新しい青がつく。


 みなみはまだ、島影の手前にいる。


 光っていないまま、結を見上げていた。


 受け取った上級生がゴールゾーンへ向かう。


 陽が正面へ入る。


 岩礁から返る水に腕を押し上げられ、指先が胸の線を外れた。


 陽が息継ぎに顔を出す。


「陽、内側!」


 結の声が飛ぶ。


 陽が潜り直し、内側へ回る。


 花が外側から持球者の足へ触れた。


 一秒。


 持球者は花を引いたまま、弱流へ入る。


 二秒。


 速度が落ちる。


 渚が収束流の側から戻った。


 三秒。


 青い発光ラインが消えた。


 落ちた潮核へ陽が触れる。赤い線が一瞬つき、潮核がゴールゾーンの外へ転がった。


 七海がさらに外へ押す。


 赤い発光ラインが一瞬つき、消える。


 得点にはならない。


 結は水面から、まだ島影の手前にいるみなみを見た。


 止まった一秒。


 入るための確認だけではない。

 見させるためにも使っている。


 次の攻防では、みなみは止まらなかった。


 別の一年生が島影へ入り、上級生が沖側へ走る。


 忠海中央の五人が、順番に光る前の一人になる。


 結は息継ぎに上がった選手へ、短い声だけを飛ばした。


「島影!」

「戻って!」

「岩側!」


 陽は危険の少ない青から離れる。


 渚が収束流を塞ぎ、花が三秒を取り、七海は捨てられた潮核が残っていないかを見る。


 失点はしない。

 潮核も奪い切れない。


 第2ピリオド終了のブザーが鳴った。


 スコア:忠海中央高校 1-三原中央高校 1


 岸へ戻ると、優奈のノートには四つの項目が並んでいた。


【光っている四人】

【光っていない一人】

【島影の出口】

【捨てられた潮核】


「次に光る人は、決まってません」


 優奈が言った。


 結はタオルを頭へかぶせたまま、ノートを見る。


「全部追ったら、また使われる」

「はい」

「追わんかったら?」

「七海が拾ったみたいに、残ることがあります」


 遥香はホワイトボードの七海の磁石を外した。

 同じ場所へ、凪の磁石を置く。


 第3ピリオド。

 凪。花。陽。渚。結。


「七海さんは、ここまでです」

「まだ動けます」

「交代したら戻れないので、ベンチから見てください」

 七海は一度だけ凪の右足を見た。

「拾ってきたけえ、使ってください」

「うん」


 凪は立ち上がった。

 右足へ体重を乗せる。

 一度だけなら、強く蹴れる。


 海には、四つの潮核が入る。

 四つを全部追う足はない。


「全部の潮核を追わないでください」


 遥香が言った。

 凪はホワイトボードの四つの丸を見る。


「どれを見るの?」


 遥香は、丸を一つ消した。


「見る方ではなく、捨てる方を決めてください」

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