第79話 消える、前
青いゼッケンが、島影へ入った。
凪が出口へ先に回る。
水面では、結の腕が同じ場所を示していた。
青い光は、そこへ来ない。
画面の反対側で、別のゼッケンが光った。
映像が止まった。
プロジェクターのファンが、視聴覚室の奥で回っている。
スクリーンには、去年の忠海中央戦が映っていた。
島影の出口へ入った凪。水面から腕を伸ばした結。二人が見ている場所には、潮核も青いゼッケンもない。
画面の端で、別の選手だけが青く光っていた。
スコア:忠海中央高校 3-三原中央高校 3
遥香が操作用のキーボードから手を離した。
「能島さんは、止めています」
花が椅子の背へ体を預ける。
「なら、なんで入れられたん」
「全員が、能島さんを見たからです」
映像が少し戻る。
青いゼッケンが島影へ向かう。
凪が出口へ動く。結の腕が上がる。花も中央から体を向けた。
能島は潮核を受け取らない。
そのまま島影の向こうへ抜ける。
反対側で、別の青いゼッケンが光った。
「去年は、能島さんが出てくる場所を読めています」
「でも、そこへ来んかった」
結が画面を見たまま言った。
「来なくても、役割は終わっています」
遥香は停止画面の能島を指した。
「凪さんと結さんが見ています。花さんも中央から外れています」
「三人使わせたってこと?」
「はい」
能島は潮核を持っていない。
ゼッケンも光っていない。
それでも、三原中央の赤いゼッケンは島影へ集まっていた。
優奈が膝の上のノートへ書く。
【潮核を受け取らなかった人】
【その人を見ていた人数】
【反対側で光ったゼッケン】
「一昨年は?」
七海が聞いた。
遥香が別の映像を開いた。
スコア:忠海中央高校 7-三原中央高校 2
島影へ入った青いゼッケンを、三原中央の赤が追う。出口へ回る者はいない。次に青く光った時には、能島はゴールゾーンの近くまで来ていた。
「一昨年は、能島さん本人を見失っています」
遥香が映像を進める。
同じ形が、もう一度繰り返された。
「去年は、見失わなくなりました」
映像が去年の試合へ戻る。
凪が先に出口へ入る。
能島はそこへ来ない。
反対側で別の青がつく。
「その代わり、見すぎています」
遥香は一昨年の映像を閉じた。
スクリーンには、去年の引き分けだけが残った。
凪は椅子の下で右足を伸ばした。
ふくらはぎの奥が、膝を伸ばしただけで細く硬くなる。
画面の中では、去年の凪が能島の出口を塞いでいる。
読めていた。
止めてもいた。
それでも、勝てなかった。
優奈が停止画面へ顔を近づけた。
「今より、光る場所が少ないです」
「去年まではゼッケンだけでした」
遥香が答えた。
画面の青い光は、胸にしかない。
今年なら、潮核を持った選手の手、足、胸の発光ラインがつく。島影へ半分入っただけでは、すべての光を隠せない。
結が腕を組んだ。
「なら、前みたいには消えんのんじゃろ?」
「同じ消え方はしません」
遥香は能島のゼッケンが消える直前まで映像を戻した。
「忠海中央も、それは分かっています」
廊下の窓が風に押され、短く鳴った。
花がスクリーンから顔を動かさない。
「今度は、どう消えるん」
「消えないかもしれません」
「じゃあ、何するん」
「光っている場所を増やせます」
結の腕がほどけた。
「四つとも使うってこと?」
「去年より、誰が持っているかは見えます。でも、見る場所が増えれば、全部は追えません」
四つの潮核。
四か所でつく発光ライン。
島影を挟んで、別々に動く選手。
見失わなくても、選べなくなる。
優奈の鉛筆が止まった。
「尾道戦とは違います」
「何が?」
心春が優奈のノートを見る。
「来島さんは、一人を見れば始まりが分かりました。でも忠海中央は、こっちが誰を見るかを変えます」
優奈は最初の行を指した。
【潮核を受け取らなかった人】
「持たなかった人も見ないといけません」
「持っとらんのに?」
「見させるために動いているかもしれないので」
遥香が頷いた。
「相手を一人に絞らないでください」
「全員見るん?」
七海が聞いた。
「試合中は無理です」
優奈の返答は早かった。
新しいページを開く。
【誰を見たか】
【何人が見たか】
【反対側の発光】
「人じゃなくて、視線が集まった場所を見ます」
「見てない場所も?」
「そっちに潮核が来ます」
優奈は最後の行の下へ線を引いた。
スクリーンの中では、能島が潮核を持たないまま島影へ入っている。
遥香が試合通知を表示した。
【地区予選 第6戦】
【三原中央高校 対 忠海中央高校】
【会場:大久野島沖】
【集合時刻:13:00】
登録選手欄が、その下に続いている。
凪は上から名前を追った。
能島の名前はなかった。
去年まで下にあった名前が、今年は上へ移っている。知らない一年生の名前も二つ増えていた。
忠海中央の欄は埋まっている。
「能島さんがおらんなら、弱くなっとるかもしれんじゃろ」
花が言った。
「その可能性はあります」
「違う方は?」
「能島さんの代わりを探す必要がありません」
花が遥香を見る。
「どういうこと?」
「去年の時点で、能島さんは得点しなくても三原中央を動かしています」
遥香は停止画面へ戻した。
能島を見ている凪と結。
中央から外れた花。
反対側で潮核を受け取る別の選手。
「同じ選手が同じことをする必要はありません」
「毎回、違う人でもできる?」
「できます」
結が画面の中の自分を見る。
「誰を追ったらええか分からんね」
「追う人を決めた時点で、使われる可能性があります」
優奈のノートに、名前は一つも書かれていなかった。
去年は、能島を見ればよかった。
今年は、その能島がいない。
遥香が順位表へ切り替えた。
【第5戦終了時点】
【1位 西条付属高校 5勝0敗】
【2位 三原中央高校 4勝1敗】
【3位 尾道高校 3勝2敗】
【4位 忠海中央高校 3勝2敗】
「勝てば二位です」
心春が小さく息を吐いた。
「地区大会?」
「進出です」
結が手を上げる。
「負けたら?」
「ほかの試合結果を待ちます」
「尾道も?」
「はい」
結の手が下がった。
勝てば、自分たちで決まる。
負ければ、別の海の結果を待つ。
遥香は順位表を閉じ、ホワイトボードへ向かった。
十人分の磁石を並べる。
その上に、四つの小さな丸を書いた。
「尾道戦に出た五人を、そのまま四十分使うことはできません」
花が凪の右足を見る。
芽衣は左手で右肩を押さえた。
「出られます」
二人の声が重なった。
遥香は振り返らない。
「出られるかではなく、何分使えるかを聞いています」
凪は右足を椅子の下へ戻した。
「一度なら、強く蹴れます」
「続けると?」
「二度目が遅れます」
遥香が凪の磁石を一つ下へ動かした。
「芽衣は?」
「左手なら持てます」
「右肩は?」
「胸の高さまでです。それより上は止まります」
芽衣の磁石も、凪の隣へ動いた。
花が自分の磁石を見る。
「うちは?」
「復帰後に二試合続いています」
「出られる」
「何分ですか」
「四十分」
「答えになっていません」
花は口を閉じた。
渚が自分の磁石へ手を伸ばしかけ、止める。
「大久野島沖なら、島影の流れがあります」
「使えるとは限りません」
「探します」
「探している間も、潮核は四つあります」
渚の手が戻った。
遥香は磁石を五つずつ、二列に分けた。
一度、組み合わせを作る。
すぐに崩す。
別の五人を置く。
また崩す。
誰を先に使うか。
誰を残すか。
交代した選手は、同じ試合へ戻れない。
窓の外で、運動部の掛け声が一度だけ聞こえた。視聴覚室まで届いた時には、言葉になっていなかった。
三谷が後ろの机で、延長コードを束ねている。
「明日の集合は十一時半。映像は共有しとく。遅れるな」
それだけ言って、プロジェクターの横へケースを置いた。
遥香は磁石を並べ直さない。
「先発は、明日決めます」
「最初の五人?」
七海が聞いた。
「四十分を使う順番です」
ホワイトボードには、忠海中央の下に五つの空欄が残っていた。
遥香がスクリーンへ戻る。
去年の映像を、得点の少し前から再生した。
能島が島影へ向かう。
凪が出口へ入る。
結の腕が同じ場所を示す。
花が中央から顔を向ける。
画面の反対側では、まだ誰のゼッケンも光っていない。
凪たちは、その次に青く光る場所を知っている。
過去の映像だから。
遥香が止めた。
「去年は、ここから誰が受けるか分かります」
今年の登録選手欄が、画面の端に残っている。
能島の名前はない。
去年、反対側で受け取った選手が、今年も同じ場所へ入るとは限らない。
「今年は、ここから先がありません」
プロジェクターの電源が切れた。
島影も、青いゼッケンも消えた。
白いスクリーンだけが残った。




