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潮球  作者: カミツキ
3年目の海

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77/90

第77話 空いたあと

優奈の鉛筆が、渚の外側に丸を残していた。


【凪先輩 右手】

【結先輩 腕】

【花先輩 左肩】


「来島さんが見たのは、動いたあとです」


 丸の中には、渚が薄い層へ入ったあとに残した場所がある。


「空いた方を見ています」


 結が自分の右腕を見た。


「うちの合図、花より先に見られとった」

「合図を止めますか」


 遥香がホワイトボードへ手を伸ばす前に、花が口を開いた。


「Cじゃろ」


 結が凪を見た。


「去年と同じ?」

「同じだけじゃ足りない」


 凪は優奈の丸へ指を置いた。


 去年、サインがなくても体が先に動いた。渚が来島の計算から外れ、そこへ残りの選手が続いた。


 今回は、渚が動くことまで待たれている。


「渚が動いたら、渚を見ないで」

「誰を見るん?」


 花の問いに、凪は丸の内側を指した。


「渚がいた場所」

「うちが入る?」

「近い人が入る。花とは限らない」

「誰か決めんの?」

「決めない」


 結がホワイトボードから顔を上げた。


「Cで動いて、空いたとこも自分らで見るんじゃね」

「うん」

「うちの合図は?」

「危ない場所だけ。始める合図にはしない」


 結は右腕を一度上げ、途中で下ろした。


「味方より先に尾道が動いたら、腹立つけえね」

「結先輩も腹立つんですね」

 優奈が言う。

「普通に立つよ。腹くらい」


 * * *


 第3ピリオド開始の笛が鳴った。


 新しい四つの潮核が区画へ入る。


 結は水面へ残ったが、腕を上げなかった。凪も中央の潮核へ手を伸ばさず、表面の返しと西へ残る流れの境目を見る。


 渚が先に動いた。


 薄い層へ右足から入り、腰を横へ押されながら中央の潮核を追う。花は渚を見ず、渚がいた外側へ残った。芽衣は花の内側へ入る。


 来島は渚へ顔を向けない。


 花を見る。


 来島の左手が下がった。


 詩織が花のさらに外へ出る。尾道の上級生が中央へ残り、別の一人が芽衣の進路を塞いだ。


 花が詩織を追えば、内側が空く。


 花は残った。


 詩織への線は消えている。


 尾道の持球者は中央の潮核を使わなかった。


 向島側では、別の潮核が浅い返しへ乗っている。尾道の上級生がそれを拾い、胸と手足に青い発光ラインがついた。


 渚が薄い層へ入った分、向島側まで戻れる選手はいない。


 来島が見ていたのは、花の外ではなかった。


 渚が抜けたあとの向島側。


 凪が体を向けた時には、詩織がそちらへ走り始めていた。


 持球者が潮核を離す。青い発光ラインが消え、浅い返しが潮核を詩織へ運んだ。


 詩織が受け取る。


 花は外側へ残ったまま届かない。芽衣も中央の上級生に進路を塞がれている。


 凪が深い側から詩織との間へ入る。


 詩織は凪を待たなかった。潮核を内側へ流し、発光ラインを消す。中央へ残っていた尾道の上級生が受け取った。


 結の腕が上がる。


 その前に、来島がゴールゾーンの反対側へ動いた。


 上級生は来島へ渡さない。


 凪が来島へ顔を向けた一拍で、潮核を抱えたままゴールゾーンへ沈んだ。


 得点ブザーが鳴る。


 スコア:尾道高校 2-三原中央高校 1


 残る三つの潮核へ、両校が散った。


 凪は浮上しない。来島も得点した選手を見なかった。次に誰が動いたかだけを追っている。


 去年と同じCでは、足りなかった。


 渚が予測から外れても、そのあとに残る場所は一つしかない。


 凪は岸壁側へ流れた潮核を追いながら、渚の位置を視界の端へ残した。渚が薄い層へ入る。今度は凪が、その外側へ体を置く。


 来島の左手が動いた。


 詩織が外へ出ようとして、凪の肩に進路を塞がれた。


 半歩遅れる。


 尾道の持球者は詩織へ出さない。近くの上級生へ短く渡し、基本の配置へ戻った。


 止められても迷わない。


 詩織は凪を避け、さらに一つ外へ走る。詩織のいた内側には、すでに別の選手が入っていた。


 尾道の間隔は崩れない。


 凪も詩織を追わなかった。花が凪のいた中央へ入り、芽衣がその内側へ残る。


 誰かが動いたあとに、赤い発光ラインが一つずつ入る。


 来島の視線が凪から花へ移った。


 花の足は動かない。


 次に芽衣を見る。


 芽衣も内側へ残った。


 来島が潮核へ顔を戻す。


 その瞬間、尾道水道を渡船が横切った。


 船尾から広がった波が、向島側の浮標を高く持ち上げる。表面の返しが強まり、西へ残っていた下の潮との間が広がった。


 細かった層が、厚くなる。


 中央を流れていた潮核が、その中へ落ちた。


 渚が入る。


 前の攻防より水の押し返しが弱い。両足まで境目へ入り、体が横へ倒れない。


 渚の手が潮核へ届く。


 掴んだ。


 赤い発光ラインがつく。


 凪は渚の外側へ残り、花が中央を埋める。芽衣は花の内側。


 来島が花を見た。

 花は動かない。


 渚が潮核を離した。

 凪へ流す。


 厚くなった境目の中で、潮核は沈まなかった。表面の返しに底を持ち上げられ、凪の手より高く浮く。


 凪は両腕で水を押した。


 右のふくらはぎが縮む。一蹴り遅れた分、潮核が頭上を通り過ぎる。


 指先だけが触れた。


 赤い発光ラインが一瞬つき、すぐに消える。


 軌道は変わったが、花には届かない。浅い返しへ押され、尾道の上級生の前へ流れた。


 青い発光ラインがつく。


 渚は薄い層から抜けようとした。広がった境目が上半身を東へ、両足を西へ運ぶ。体が横を向き、戻るまでに二度蹴った。


 尾道はその二度を使う。


 詩織が向島側へ走り、上級生が中央へ残った。持球者は潮核を運ばず、三原中央が戻る前に深い層へ落とす。


 芽衣の左手が先に入った。


 潮核の下へ手のひらを差し込み、外へ押す。赤い発光ラインが一瞬つき、潮核が区画の外へ流れた。


 得点にはならない。


 薄い層へ入れた。

 それでも、同じ高さには運べなかった。


 別の潮核では、詩織が返しに押されて予定より半歩内側へずれた。


 尾道の上級生が、詩織の外へ入る。

 詩織は戻らない。


 内側には来島。中央には持球者。ずれた一歩を残したまま、尾道の形だけが変わった。


 凪は詩織を見た。

 次に、その内側へ入った上級生を見る。


 来島が空いた場所を探すより前に、尾道では別の選手が埋めている。


 決められた位置。

 決められた順番。


 三原中央にはない。


 けれど、今の外側には花がいる。


 渚が薄い層へ入ると、花がその場所へ残った。花が中央へ寄れば、芽衣が花のいた場所を埋める。


 決めてはいない。

 見えてから動いている。


 凪は次の潮核で、渚より先に薄い層へ入らなかった。


 渚が動く。

 凪は、渚がいた場所へ入る。


 来島の左手が上がりかけて止まった。

 詩織も一歩目を出せない。


 尾道の持球者は詩織を使わず、基本の配置へ戻す。三原中央も潮核を奪えないまま、第3ピリオド終了のブザーが鳴った。


 スコア:尾道高校 2-三原中央高校 1


 岸へ戻ると、凪はホワイトボードの磁石を動かした。


 渚を薄い層へ置く。


 その外側へ凪。

 凪がいた中央へ花。

 花の内側へ芽衣。

 結は水面。


「尾道と同じ?」


 花が聞いた。


「違う」

「どこが?」

「尾道は、入る人が決まってる。詩織さんが外に出たら、誰が中を埋めるかも決まってる」

「うちらは決めんのんじゃろ」

「空いてから、一番近い人が入る」


 結が磁石を一つ動かした。


「うちの合図は?」

「危ない時だけ」

「最初には出さん?」

「うん」


 結は自分の磁石を水面へ戻した。


「味方が動いたあと、尾道が先に入るんじゃなくて」

「うちらが入る」


 芽衣が右肩を左手で押さえた。


「全員が、空いた場所も見るんですね」

「潮核だけじゃなくて」


 凪は来島の磁石を動かさなかった。


「来島さんが見る前に、埋める」


 遥香が時計を確認する。


「第4ピリオド、交代はありません」

「行ける?」


 花が芽衣を見る。


「行けます」

「肩じゃなくて」

「分かりません。でも、出ます」

「……強くなったね」


 芽衣はゴーグルを下ろした。


 第4ピリオド。


 新しい四つの潮核が区画へ入った。


 結は水面へ残り、腕を上げない。凪、花、芽衣、渚は、最も近い潮核へ一斉には向かわなかった。


 尾道が中央の潮核を拾う。


 花が持球者の足へ触れ、芽衣が内側へ残る。渚は薄い層へ入り、深い側の受け手を消した。


 来島は渚がいた外側を見る。


 詩織が出る。


 そこには凪がいた。


 詩織は止まらず、凪の一つ外側へ進路を変える。尾道の上級生も詩織の内側へ入った。


 凪は詩織を追わない。


 凪がいた場所へ花が寄る。花が離れた持球者の内側へ、芽衣が半歩入る。


 一つ空くたび、赤い発光ラインが入った。


 来島の視線が凪から花へ移る。


 花の右足には、まだ持球者の手が重なっていない。花は潮核を持っていない。


 次に芽衣を見る。

 芽衣も動き終えている。


 来島の左手が遅れた。


 尾道の持球者が花を避け、深い層へ潮核を落とす。来島の合図を待たず、近くの上級生が受け取った。


 名門の基本形は残っている。


 上級生の胸と手足に青い発光ラインがつく。ゴールゾーンまで、正面に一人。


 芽衣が左手を伸ばす。


 右肩が返しに押され、届かない。


 花が後ろから発光ラインへ触れた。


 一秒。


 持球者は花を引いたまま内側へ入る。花の腰が返しへ押され、腕と胴体の間が伸びる。


 二秒。


 芽衣が内側へ残っている。凪は花がいた外側。渚も薄い層から中央へ戻った。


 出口がない。


 三秒。


 青い発光ラインが消えた。


 落ちた潮核へ芽衣の左手が届く。胸と手足に赤い発光ラインがついた。


 来島が芽衣を見る。


 芽衣は潮核を持ったまま動かない。


 渚が薄い層へ入る。


 来島の視線が渚へ移った。


 芽衣は渚へ流した。


 赤い発光ラインが消える。


 広がっていた境目は、渡船の波が遠ざかるにつれて薄くなっていた。潮核が渚の胸より下へ沈み、両手の間を抜けかける。


 渚は抱えない。

 右手で底を押す。


 赤い発光ラインが一瞬つき、潮核が外側へ浮いた。


 そこに凪がいた。


 凪は渚を追っていない。


 渚が空けた場所を埋めている。


 潮核を受け取る。胸と手足に赤い発光ラインがついた。


 詩織は凪のさらに外。来島は渚へ顔を向けたまま、一拍戻れない。


 尾道の上級生が正面から来る。


 凪の右足が水を蹴った。


 ふくらはぎが縮む。


 一度では足りない。


 左足。両腕。


 下の潮が体を西へ運ぶ。返しが弱くなった分、上半身は押し戻されない。


 正面の手が伸びる。


 凪は潮核を抱えたまま、その下へ沈んだ。


 赤い発光ラインがゴールゾーンへ入る。


 得点ブザーが鳴った。


 スコア:尾道高校 2-三原中央高校 2


 一つの潮核が消えても、残る三つは動いている。


 凪は水面へ出ず、ゴールゾーンの下から中央へ戻った。右足は一度しか強く蹴れない。左足と両腕で深い層を横切る。


 尾道も崩れなかった。


 詩織が向島側へ走り、上級生が中央へ残る。来島は凪を追わず、芽衣が次に受ける位置を見る。


 持球者が来島の合図を待たず、詩織へ短く流した。


 詩織の胸と手足に青い発光ラインがつく。


 花が右足へ触れる。


 一秒。


 詩織は花を引いたまま外へ出る。内側には尾道の上級生。さらに中央へ来島が残っている。


 二秒。


 花の指先が発光ラインの端へずれる。


 詩織は潮核を離した。


 内側の上級生が受け取る。


 凪はまだ戻り切れていない。芽衣も詩織との間を消したあとで、中央まで一蹴り足りない。


 結が水面を一度叩く。


 渚が中央へ入った。


 持球者は渚の正面を避け、来島へ流そうとする。


 芽衣の左手が潮核の端へ触れた。


 赤い発光ラインが一瞬つく。


 軌道が深い側へずれ、来島の手を外れた。


 来島は追わない。尾道の別の選手がその先へ入る。


 花も詩織から手を離し、深い側へ戻った。


 潮核を持った尾道の選手の足へ触れる。


 一秒。


 持球者が向きを変える。


 二秒。


 花の手は離れない。


 三秒。


 青い発光ラインが消えた。


 潮核は下の潮へ落ち、ゴールゾーンから離れていく。


 尾道はその潮核を捨て、別の一つへ移った。


 三原中央も追わない。


 互いに、得点できない潮核へ人数を使わなかった。


 残り時間が減る。


 岸壁側の潮核は、尾道が区画の外へ流した。向島側の一つも、芽衣が軌道を変えて浮標の外へ出す。


 最後の潮核が、中央に残った。


 表面の返しは弱くなっている。下の潮は西。その間の薄い層が、渡船の波が来る前の幅へ戻りかけていた。


 凪には出口が見えた。


 去年、来島が先に入っていた場所。


 凪はそこへ向かった。

 右手を開く。


 来島が凪を見る。

 左手が下がった。


 詩織が動く。

 凪の一つ外側。


 去年と同じ配置が、水中に戻った。


 詩織は凪より半歩先へ入り、外側の出口を塞ぐ。来島は凪の内側へ残り、尾道の上級生が中央を埋める。


 凪は潮核を待たない。


 そこへ入ったのは、詩織を一つ外へ出すためだった。


 潮核を持っているのは芽衣。


 右肩を上げず、左腕と胸で抱えている。尾道の手が右足へ届く前に、芽衣は薄い層へ潮核を流した。


 渚が入る。

 来島は渚を見ない。


 渚がいた場所へ顔を向ける。

 そこには花がいた。


 来島の足が止まる。


 渚は潮核を抱えなかった。薄い層へ入った右手で底を押し、花の胸元へ浮かせる。


 赤い発光ラインが一瞬つき、消えた。


 花が受け取る。


 胸と手足に赤い発光ラインがつく。


 尾道の上級生が右足へ触れた。


 一秒。


 詩織は凪の一つ外側。


 来島は花へ戻ろうとするが、渚がいた場所から一蹴り必要になる。


 中央に残っていた選手は芽衣へ寄っている。


 花の前には、ゴールゾーンがあった。


 浅い返しが左肩を押す。右足には相手の手が残り、上半身だけが前へ出る。


 二秒。


 花は潮核を離さない。


 右足を蹴らず、左足と両腕で体を沈める。下の潮が腰を西へ引き、ゴールゾーンの端が横へずれる。


 尾道の手が背後から伸びた。


 花は左腕で水を押した。


 赤い発光ラインが、ゴールゾーンへ沈んだ。


 得点ブザーが鳴る。


 スコア:尾道高校 2-三原中央高校 3


 花は浮上しなかった。


 試合時間は残っている。


 ゴールゾーンから体を起こし、青い発光ラインを探す。尾道も最後まで止まらない。区画の外へ出かけていた潮核へ上級生が追いつき、手のひらで内側へ戻した。


 青い発光ラインが一瞬つき、消える。


 詩織が受け取る。


 花は届かない。


 凪が境目から詩織の内側へ入る。右足は遅れたまま。詩織が一つ外へ逃げれば、凪は追わない。


 外側には渚。


 中央には花。


 内側には芽衣。


 来島の視線が四人の間を動く。


 結の腕は上がらない。


 詩織は中央へ潮核を戻した。


 尾道の上級生が受け取る。花の手がその左足へ重なった。


 一秒。


 芽衣が内側へ残る。


 二秒。


 凪が花のいた場所を埋める。


 三秒。


 青い発光ラインが消えた。


 試合終了の笛が鳴った。


 スコア:尾道高校 2-三原中央高校 3


 水面へ上がると、花が最初に息を吐いた。芽衣は右肩を水から出さないまま、花の隣へ来る。


「最後、二秒?」

「二秒です」

「また?」

「今度は離してません」

「見れば分かる」


 詩織が少し離れた場所で顔を上げた。


「凪先輩、最後のとこ、潮核来る思うとったん?」

「来ないです」

「最初から?」

「詩織さんが外に行くところから」


 詩織は一度口を開き、来島を見た。


「理緒先輩、うち、使われたんじゃけど」

「私も」

「二人とも?」

「二人とも」


 詩織は水を手のひらで叩いた。


「次は、空いたあとまで見るけえね」


 来島は答えず、三原中央の五人を順に見た。


 凪。

 結。

 花。

 芽衣。

 渚。


 視線は、一人に止まらなかった。


 岸では、優奈のノートが開かれていた。


【凪先輩 右手】

【結先輩 腕】

【花先輩 左肩】


 四行目には、最後まで名前が入らなかった。

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