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潮球  作者: カミツキ
3年目の海

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65/101

第65話 次の、潮核

 三原港を出たフェリーが沖へ向きを変えると、白い航跡が練習区画の外まで伸び、遅れて届いた波が浮標のロープを端から持ち上げた。岸寄りを流れていた潮核もその水に押され、浮標との間をゆっくり広げていく。


 水際では、遥香が時計を手首へ着けながら区画の中を見ていた。


「今日は四つ全部使います。一本十分です」


 ゴーグルを額へ上げた七海が、離れた場所を流れる潮核まで順に目を向ける。


「これ、体育でやったのと同じやつじゃん」


 隣でドライスーツの首元を直していた心春が振り向いた。


「授業でやったん?」

「うん。選択で潮球取っとった」

「海入るんなら水泳部の方がええって止めたんじゃけどね」


 優奈がゴーグルを着けながら横から口を挟むと、七海はすぐそちらへ顔を向けた。


「水泳部は潮核ないじゃん」

「そこなん?」

「そこじゃろ」


 二人を見比べた心春が笑い、そのまま先に水際へ向かった。


 組み分けは前回のまま、結と遥香が水面に残った。


 優奈はすぐには海へ入らず、岸壁へ当たった水が戻って浮標を沈め、張ったロープが隣まで引くのを見ていた。揺れが抜けてから足を入れ、胸まで沈んだところでゴーグルを下ろす。


 凪もその横を通って区画へ入った。


 前回は中央の潮核だけを使ったが、今日は四つが区画の中へ散っている。中央の潮核は浮標の列に沿って流れ、岸寄りの潮核は沖へ寄り、島影の縁でも別の潮核が波に合わせて上下していた。さらに南側の浮標近くにも潮核が流れており、四つを一度に視界へ入れようとすれば、岸壁から沖まで何度も顔を動かさなければならない。


 全部を追うには広い。


 凪は開始位置へ着く前に中央へ視線を戻した。


 遥香の手が下がると七海と渚が同時に出て、先に潮核へ指を掛けた七海の胸と手足に赤い光が走った。右足へ回った渚が手を伸ばしたが、七海は振り返らずに足を動かし続け、触れられる前に凪へ浅く流す。


 凪が受け取ったところへ正面から陽が距離を詰めてきた。右には七海が残っており、このまま陽を引きつければ、そちらへ流して前へ出せる。


 凪が一度水を蹴ったところで七海の顔が中央から外れ、その先では岸寄りの浮標の向こうを別の潮核が沖へ流れていた。七海はそのまま身体をそちらへ向け、次の一蹴りで凪の右側から離れていく。


 陽はもう胸元まで来ており、その手が胸の発光ラインへ触れた。


 一秒。


 凪は左へ身体をずらしたが、陽の手は外れなかった。前には渚が戻り、その向こうで花が潮核を受けられる位置へ入り直している。


 七海がいた場所だけが空いていた。


 二秒になる前に凪は潮核を深く流した。花も身体を沈めて追ったものの、その手前へ渚が入り、浮き始めた潮核を先に拾う。凪の発光ラインから赤い光が消え、追い直す前に胸の奥が重くなったため、水面まで上がって息を吸った。


 顔を出したところで、岸寄りの浮標の向こうに赤い発光ラインが見えた。七海は二つ目の潮核へ先に届き、そのままゴール方向へ身体を返している。中央にいた花や芽衣との距離は、もう開いていた。


 後ろから追いついた優奈が右足首へ手を伸ばし、七海が振った足へ指を残した。


 一秒。


 七海は速度を落とさずもう一度足を外へ払い、優奈の腕が伸びて肩まで同じ方向へ引かれかけた。その向こうで岸寄りの浮標が沈む。


 二秒。


 岸壁から戻った水が二人の腰へ入り、優奈の身体が七海の足と同じ方向へ流れかけた。優奈は発光ラインから手を離すと、その右手で水を押しながら一度水面へ顔を向け、姿勢を戻してから七海を追い直した。


 その間にも七海は潮核を持って進んだが、正面から心春が入り、優奈も後ろから距離を詰めてくる。七海が左右へ顔を動かしてから横へ流した潮核には心春の手が先に届き、胸と手足に青い光が走った。


 中央へ目を戻すと、渚が拾った潮核もすでに陽へ渡っていた。


 そのあとも四つの潮核は別々の場所を動き、何度か保持が入れ替わったものの、どちらもゴールまで運べないまま十分が終わった。


 遥香の笛が鳴ると、七海は近くの浮標へ腕を掛けた。


「二つ目、先に取れたのに」


 優奈もその横まで泳いできた。


「取ったあと一人じゃったじゃん」

「優奈来たじゃん」

「うちは相手」

「知っとるよ」

「その前も七海おらんかったし」

「何が?」


 優奈が中央へ顔を向ける。


「凪先輩が持っとったとき。七海、途中でどっか行ったじゃん」


 七海の顔が凪へ向いた。


 凪は浮標のロープを掴んだまま、さっき七海が抜けた場所を見た。陽を引きつけたあと、右へ流そうとした先には誰もいなかった。


「流そうとしたら、七海いなかった」

「でも、次の取れそうじゃったけん」


 七海の返事を聞いたところで、時計を止めた遥香が四人の近くまで泳いできた。


「次が見えたのはいいです」

「行ったら駄目なんですか」

「駄目ではありません。ただ、出る前に今の潮核の周りを一度見てください」


 七海は浮標へ腕を掛けたまま遥香へ身体を向ける。


「待つってこと?」

「止まらなくていいです。誰が残っているかだけ見てください」


 七海は返事をせず、もう一度中央へ顔を向けた。


 凪も四つの潮核へ目を移した。島影の縁にあった潮核はさっきより南へ寄り、今から出れば凪の位置からでも先に届く距離にある。


 近い潮核へ行けばいいわけではない。


「もう一本やります」


 遥香の声で七海がゴーグルを下ろし、その横から優奈も水へ沈んだ。


 * * *


 二本目は花が中央の潮核へ先に入り、陽が正面から進路を塞いだところへ渚も右足から回った。二人に挟まれる前に花が芽衣へ浅く流し、芽衣が受け取ったところで、七海の顔がまた岸寄りへ向く。


 さっきと同じ側で別の潮核が浮標から離れ始め、七海の足もそちらへ出たが、今度はすぐには水を蹴らなかった。中央へ顔を戻すと、芽衣の前には陽が入り、その右から渚も戻っている。花は芽衣の後ろに残り、凪は左へ開いていた。


 芽衣が花へ潮核を流し、花が受け取るのを見てから七海が岸寄りへ出たときには、優奈も同じ潮核へ近づいていた。先に受け取った七海の左足首へ優奈が手を残したが、岸寄りの浮標が沈むと発光ラインから手を離し、戻ってきた水を受けながら姿勢を立て直す。


 その間に七海の左前へ芽衣が入り、七海はそこへ潮核を流した。


 芽衣が受け取ると心春がその進路へ入り、後ろから花が追ってきたところで一度だけそちらへ顔を向けた。足は花についていかず、そのまま芽衣の正面に残る。


 進路を塞がれた芽衣が潮核を抱えたまま凪へ顔を向けたところで、足元を南側へ抜ける水が強まり、島影の縁にあった潮核もその流れへ乗り始めた。


 今なら取れる。


 一度強く蹴れば誰より先に届く距離だったが、凪が右足をそちらへ向けたところで、心春に進路を塞がれた芽衣がもう一度こちらを見る。このまま南へ出れば、芽衣の前には戻れない。


 凪は向けた足を戻して芽衣の前へ入り、その動きを見た芽衣がすぐ潮核を流した。心春の横を抜けてきた潮核を受け取ると胸と手足の発光ラインが赤くなり、正面から距離を詰めてきた陽の手が届く前に一度深く潜る。陽の肩の下を抜けると白いゴール枠が見え、残った息でもう一段身体を沈めて潮核を運ぶと、得点を知らせるブザーが鳴った。


 水面へ戻ると、七海が先に顔を出していた。


「入った!」


 その横から優奈も浮かぶ。


「入れたん凪先輩じゃん」

「芽衣先輩に出したじゃん」

「そこは見とったん?」

「見とったよ」


 七海はそう返しながら芽衣の方へ顔を向けた。遥香は笛を鳴らさず、そのまま時計を進めている。


 次に岸寄りの潮核が浮標から離れたとき、七海は一度中央へ顔を戻した。その間に渚が先へ入り、七海が追いついたときには青い発光ラインがもうゴール方向へ動き始めていた。


 別の潮核では花の位置を見てから先へ出たものの、中央との距離が開いたところで水面から結の声が飛んだ。


「七海、戻って!」


 七海は一度後ろを見てから身体を返し、そのまま得点は動かないまま十分が終わった。


 遥香の笛が鳴ると、七海は息を吐きながら浮標へ腕を掛けた。


「体育より忙しいじゃん」


 隣まで泳いできた心春が首を傾げる。


「同じやつじゃなかったん?」

「ルールは同じ」

「じゃあ何が違うん?」

「知らん。みんな動きすぎ」


 後ろから浮かんだ優奈がゴーグルを上げた。


「七海が一番動いとるじゃん」

「うちはええんよ」

「なんで」

「取りに行けるけん」


 優奈が口を開きかけたところで、港の外からフェリーの低い音が届いた。


 岸へ向かいかけていた優奈の足が止まり、凪も浮標のロープへ手を掛けたまま海面を見る。航跡が練習区画の外を通り、遅れて届いた波が浮標を持ち上げると、優奈はそこから岸壁へ当たった水が戻ってくるまで顔を動かさなかった。


 浮標が沈んだあと、戻った水が優奈の腰へ届いた。優奈は身体を回さず、その場で足を置き直し、岸から七海に呼ばれてからようやく顔を上げた。


「優奈、片付け!」

「今行く」


 もう一度だけ浮標へ顔を向けてから優奈が岸へ泳ぎ始め、凪もロープを外してその後を追った。

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