第6話 やっさ、やっさ
練習が終わった。
駅前の方から、太鼓の音が届いていた。
笛の音も混じっている。
夕方の潮風に乗って、音だけが港まで流れてくる。
花が荷物をまとめながら言った。
「明日、駅前行く人おる?」
「やっさ?」
「うん。踊り見る」
結がすぐ手を挙げた。
澪が荷物をまとめながら口を開いた。
「うちは学校の手伝いで、ステージの方におる」
「……行く」
陽の声だった。
全員が陽を見た。
陽は荷物の紐を結び直していた。
「祭りは好きじゃけ」
結が少し口を開けたまま、陽を見ていた。
花が凪を見た。
「凪は?」
「行きます」
花が少し笑った。
「そっか。じゃあ明日」
やっさ祭り当日。
三原駅前には、人が溜まっていた。
ステージの方から司会の声が流れている。
その奥で、太鼓が鳴っていた。
法被の色が、駅前のあちこちで揺れている。
子どもたちの列が先に通った。
小さな袖が、太鼓の音に合わせて跳ねていた。
凪は結と並んで歩いていた。
「すごい人じゃね」
「三原の夏はこれじゃけん」
結は前を向いたまま、少し得意そうだった。
「凪、やっさちゃんと見たことある?」
「来たことはあるけど、あまり覚えてない」
「そっか。今日ちゃんと見てや」
子供たちの列が先に通った。
小さな法被が、太鼓の音に合わせて揺れていた。
そのあと、大人たちの声が太くなった。
凪は流れる行列を見ていた。
「凪!」
人の流れの向こうから、花が走ってきた。
法被姿だった。
いつもの練習着とは違うのに、なぜか花にはそっちの方が似合っていた。
「後ろ空いとるけん!入って!」
「え」
「自由参加の列じゃけん、大丈夫!」
法被を押しつけられた。
「うちも!?」
隣で結も捕まった。
「二人とも!今すぐ!」
気づいたときには、凪は花の町内会チームの列の端にいた。
結が隣で法被の袖に腕を通している。
前の人たちが動き始めた。
太鼓が鳴る。
笛が続く。
花が振り返った。
「簡単じゃけん!うちの動き見て真似して!」
「待って、練習」
「やっさは流れで覚えるんじゃ!」
列が動き始めた。
前の人を見て、真似をした。
腕を上げる。
足を出す。
少し遅れる。
また、合わせる。
最初は分からなかった。
でも太鼓のリズムが、体の中に入ってくる。
前の人の肩が揺れる。
隣で結が笑っている。
花の背中が、列の少し前で跳ねている。
「凪、上手いじゃん!」
「そんなことない」
「上手いって!もっと手上げて!」
沿道の人たちが手を叩いていた。
子どもが声を上げる。
笛の音が、夕方の空に抜けていく。
「やっさ、やっさ」
凪は途中で、自分が笑っていることに気づいた。
列が駅前を抜けて、商店街へ差しかかったとき。
花が急に、列から外れた。
沿道の一角に、折りたたみ椅子があった。
そこに老女が座っている。
花のおばあちゃんだった。
花が走り寄る。
「ばあちゃん! 来られたん!?」
おばあちゃんは、花を見て目を細めた。
「花が音頭取るんじゃろ。見んといけんじゃろ」
花の顔が、一瞬だけ崩れた。
すぐに戻った。
「見といてや。うちの踊り」
「見とるよ。ずっと見とる」
花が列に戻った。
背筋が、さっきより伸びていた。
太鼓のリズムが続く。
「やっさ、やっさ。やっさもっさ、そっちゃせー」
おばあちゃんの手が、沿道で拍子を取っていた。
祭りが終わった夜。
五人で港沿いを歩いた。
法被を返した凪と結は、また普段着に戻っていた。
結が両手を上げる。
「楽しかったん! また来年も出たい!」
「声かけてやるけん」
陽は珍しく、口元が緩んだままだった。
澪が凪の横に並ぶ。
「踊れるんじゃね」
「流れに乗ったら、体が動いた」
澪が少し笑った。
「お前、なんでもそれじゃな」
港の夜風が来た。
潮の匂いがした。
凪は水面を見た。
祭りの灯りが、細く揺れている。
目を逸らさなかった。
花が立ち止まる。
「来々軒寄っていこ」
「今日は全員で行くけん」
誰も断らなかった。
五人の足音が、港の石畳に響いた。
※本話のやっさ祭り描写は、公開情報および三原商工会議所様に伺った内容を参考にしています。
ご対応いただき、ありがとうございました。
なお、物語上、細部は創作に合わせて調整しています。




