第6話 やっさ、やっさ
練習を終えて荷物をまとめていると、駅前から太鼓と笛の音が潮風に乗って港まで流れてきた。
花が駅前の方を見た。
「明日、駅前行く人おる?」
「いくー」
結がすぐ手を挙げた。
「踊りはいつからなん?」
「夕方からじゃけど、それまでは一緒に屋台見れる」
澪がタオルを畳みながら、顔を上げた。
「うちは学校の手伝いで、ステージの方におる」
「……行く」
荷物の紐を結び直していた陽へ、結が顔を向けた。
「祭りは好きじゃけ」
結は口を開きかけたまま、しばらく陽を見ていた。
花が凪を見た。
「凪は?」
「行きます」
「そっか。じゃあ明日」
* * *
三原駅前は、法被姿の人と屋台の前に立つ客で埋まっていた。ステージから司会の声が流れ、その奥で太鼓が鳴っていた。
ステージ脇で机を運んでいた澪は、凪たちに気づくと片手を上げたが、すぐ別の人に呼ばれて裏へ戻っていった。
子どもたちの列が抜けると、その後ろから大人たちの掛け声が近づいてきた。凪は結と並んで歩きながら、太鼓に合わせて駅前を流れていく法被の列を目で追った。
「すごい人だね」
「三原の夏はこれじゃけん。凪、やっさちゃんと見たことある?」
「来たことはあるけど、あまり覚えてない」
「そっか。今日ちゃんと見てや」
凪がもう一度列へ目を戻した。
「凪!」
人の流れの向こうから、法被姿の花が走ってきた。袖を肘までまくり、足元も人の間を迷わず抜けてきた。
「後ろ空いとるけん!入って!」
「え」
「自由参加の列じゃけん、大丈夫!」
法被を押しつけられた。
「うちも!?」
隣で結も捕まった。
「二人とも!今すぐ!」
気づいたときには、凪は花の町内会チームの列の端にいて、隣では結が法被の袖に腕を通していた。
前の列が詰まり、太鼓に笛が重なる中、花が振り返った。
「簡単じゃけん!うちの動き見て真似して!」
「待って、練習してない」
「やっさは流れで覚えるんよ!」
掛け声と一緒に列が動き出した。
凪は前の人を追って腕を上げ、半拍遅れて足を出した。最初は次の動きが分からず何度もずれたが、同じ拍子を繰り返すうちに、太鼓に合わせて身体が先へ動くようになった。
前では法被の肩が揃って揺れ、隣では結が笑っていた。その少し先では、花が法被の背中を跳ねさせていた。
「凪、上手いじゃん!」
「そんなことない」
「上手いって!もっと手上げて!」
沿道では人が手を叩き、子どもの声に笛の音が重なって夕方の空へ抜けていった。
「やっさ、やっさ」
凪は途中で、自分が笑っていることに気づいた。
列が駅前を抜けて商店街へ差しかかると、花が急に外へ飛び出した。その先の折りたたみ椅子に、おばあちゃんが座っていた。
「ばあちゃん! 来られたん!?」
おばあちゃんは、花を見て目を細めた。
「花が音頭取るんじゃろ。見んといけんじゃろ」
花は何か言いかけて口を閉じ、すぐに笑った。
「見といてや。うちの踊り」
「見とるよ。ちゃんと見とる」
花は列へ駆け戻ると、さっきより背筋を伸ばした。
「やっさ、やっさ。やっさもっさ、そっちゃせー」
花のおばあちゃんの手が、沿道で拍子を取っていた。
踊りが終わるころには、駅前もすっかり暗くなっていた。
ステージの手伝いを終えた澪も戻り、五人でまだ人の多い駅前を歩いていた。法被を返した凪と結は普段着に戻り、陽の手にはりんご飴の串が残っていた。
結が両手を上げた。
「楽しかった! また来年も出たい!」
「声かけてやるけん」
結が凪を覗き込んだ。
「凪も楽しかったじゃろ?」
建物の向こうで太鼓が鳴る中、凪は一拍遅れて頷いた。
「うん。楽しかった」
陽は珍しく、口元を緩めたままだった。
歩いているうちに、澪が凪の横へ並んだ。
「踊れるんじゃ」
「流れに乗ったら、体が動きました」
「お前、なんでもそれじゃな」
夜風に駅前の旗が揺れ、屋台の油の匂いがまだ通りに残っていた。凪は道路の向こうで揺れる祭りの灯りを見た。
花が立ち止まって振り返った。
「来々軒寄っていこ。今日は全員で行くけん」
結は首を傾げた。
「チャーシュー?」
陽がりんご飴の串を片手に花を見た。
「餃子」
花が歩き始めた。
「腹減ったけん、全部食べる」
「全部?」
「チャーシューも餃子も」
まだ人で詰まった駅前を避け、五人は駅裏の方へ回った。
祭りの音が、建物の向こうで少し遠くなった。
※本話のやっさ祭り描写は、公開情報および三原商工会議所様に伺った内容を参考にしています。
なお、物語上、細部は創作に合わせて調整しています。




