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潮球  作者: カミツキ
2年目の海

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45/91

第45話 赤い光の、手前

「一点!」


 結の声が、水面で弾けた。


 赤い光が沈んだ。

 会場のボードが変わる。


 スコア:三原中央 1-宮島 2


 花が水面に顔を出した。

 大きく息を吸う。


 凪も、渚も、同じ方を見た。


 宮島の列は、動かなかった。


 誰も声を上げない。

 誰も慌てない。


 瀬那が、水面に顔を出した。


 息をひとつ吸う。


 その目が、初めて三原中央の方を見た。


 凪の背中が冷えた。


 見つけた。


 そう思った次の瞬間、見られた。


 残り時間は、一分を切っていた。


 笛が鳴る。


 宮島が動いた。


 さっきまでと同じではなかった。


 瀬那が、薄い場所へ来ない。


 凪は潮核へ向かった。


 手が届く。

 赤いゼッケンが光る。


 深く流す。

 流れの薄い場所へ。


 そこなら、目も肩も見える。


 花も動いていた。

 渚も、流れの端へ向かう。


 けれど、瀬那は来なかった。


 薄い場所が空いている。


 空きすぎていた。


 別の場所で、青いゼッケンが光った。


 宮島の選手が、潮核を持っていた。

 隠れていない。

 見えている。


 そのまま進めば、ゴールゾーンに沈む。


 花が向きを変えた。


 行くしかなかった。


 宮島の青い光が、まっすぐ来る。

 瀬那ではない。


 でも、速い。

 迷いがない。


 花が体を入れた。


 押される。


 押し返す。


 ゼッケンに指が触れる。


 一秒。


 青い光は止まらない。


 二秒。


 花の足が、水の中で揺れた。


 三秒。


 青い光が消えた。


 花の手は、まだ相手のゼッケンにあった。


 その三秒の間に、瀬那は戻っていた。


 複雑な流れの中へ。


 凪が水を探る。


 もう輪郭がない。


 さっき見えた目も、肩も、腕の角度も、水の中に混じっていた。


 薄い場所は、まだ空いている。


 でも、瀬那はいない。


 凪の足が、水の中で止まった。


 宮島は弱点を塞がなかった。


 使わせた。


 結が水面で指を出した。


「凪、戻して!」


 凪は水面に顔を出していた。

 声が届く。


 すぐに潜る。


 残り、三十秒。


 潮核はまだある。


 澪が前へ出ていた。


 花が止めたあとにできた、一拍分の空き。

 渚がその水を見ていた。


 凪は潮核を拾った。

 ゼッケンが赤く光る。


 宮島の選手が二人。


 寄ってくる。


 凪は前へ出ない。


 流す。


 深く。


 流れの端へ。

 渚が動く。


 水を押すほどの力はない。

 でも、薄い流れの端に触れるだけで、潮核の向きが変わった。


 澪の前へ。


 澪が受け取る。


 ゼッケンが赤く光る。


 残り、二十秒。


 結の指が水面で動く。


「澪、左!」


 澪の顔が、一瞬だけ水面に出ていた。

 声を受けて、すぐに潜る。


 左へ。


 宮島の選手が追う。


 瀬那も来る。


 もう見える場所ではなかった。

 複雑な流れの中から、いつの間にか近づいていた。


 凪が追う。

 渚も追う。


 花はまだ戻り切れていない。


 残り、十秒。


 澪の前に、ゴールゾーンがあった。


 あと少し。


 瀬那の手。


 左横。


 ゼッケン。


 指。


 一秒。


 澪は離さない。


 前へ。


 二秒。


 重い。


 腕。


 伸びない。


 別の影。


 下へ。

 深く。


 もう一段。

 深く。


 揺れる。


 赤い光。


 音。


 赤い光が、ゴールゾーンの手前で揺れた。


 笛が鳴った。


 試合終了の笛だった。


 赤い光は、沈んでいなかった。


 スコア:三原中央 1-宮島 2


 水面が、一拍遅れて揺れた。


 澪は水の中にいた。


 誰も動かなかった。


 瀬那が先に水面へ上がった。

 息を吸う。

 それから、澪の方を見た。


 澪も水面に顔を出した。


 ゴーグルの下で、表情は見えなかった。


 花が水を蹴って近づいた。

 凪も、渚も、結も、同じ方へ向かった。


 澪は岸壁に手をかけた。


 上がる前に、一度だけ水面を見た。


 宮島の選手たちは、静かに整列していた。


 瀬那も、その中に戻っていた。


 さっきまで水に混じっていた人が、今はただの高校生の顔をしていた。


 澪が岸壁に上がった。


 花が何か言おうとした。


 澪は、先に息を吐いた。


「届かんかった」


 誰も返事をしなかった。


 花が、ようやく口を開いた。


「一点は、取った」


 澪は花の方へ顔を向けた。


「うん」


「でも、負けた」


「うん」


 花の目元が、赤くなっていた。

 まばたきをしても、赤さは引かなかった。


 凪は水面を見た。


 薄い流れは、まだそこにあった。

 見つけた場所だった。

 届いた場所だった。


 でも、勝てなかった場所だった。


 審判が試合終了の記録を確認している。

 会場のボードは、まだ同じ数字を出していた。


 三原中央 1-宮島 2


 澪が、もう一度だけ水面を見た。


 それから、全員の方を向いた。


「整列するぞ」


 声は、いつもと同じだった。


 花が目元を手の甲で拭った。

 結がホワイトボードを置いた。

 渚が水から上がった。

 芽衣が立ち上がった。

 遥香が手帳を閉じた。

 陽がベンチから歩いてきた。


 八人が、水際に並んだ。


 宮島高校も、向かいに並んだ。


 瀬那は、列の中にいた。

 もう、水には混じっていなかった。


 澪が頭を下げた。


 三原中央の全員が、それに続いた。


 潮の音だけが、一拍遅れて聞こえた。

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