第41話 ポーバの、午後
部屋に戻ると、陽がすでにベッドに倒れていた。
遥香がその隣のベッドに横たわった。天井を見たまま、口だけ動いた。
「もう、体が動きません」
渚が机に支給弁当を置いて、包みを開けた。
「こんなにきついって思ってませんでした」
「それ今食べるの」
「腹が減ったので」
遥香の目が閉じた。渚が箸を取った。陽の寝息が聞こえ始めた。
澪がベッドの端に腰を下ろして、スマホを開いた。
速報欄に通知が来ていた。
【地区大会1回戦・結果】
尾道高校 2 - 3 宮島高校
澪の親指が、画面の端で止まった。
それから、スマホを閉じた。
立ち上がって、部屋を出た。
外では尾道の選手たちが、帰りのバスを待っていた。
駐車場の端に、向島颯がいた。来島が少し離れたところに立っていた。
澪は向島の前に立った。
「颯、帰るんか」
向島が顔を上げた。
「澪か。うちらは今年も宮島に勝てんかっただけじゃ」
「またか」
「2年の宮内。あいつは桁違いじゃけん、お前らも気いつけろ」
「今は、そっちじゃない」
向島の眉が動いた。
「うちは、やっとお前と同じところまで来た」
バスのエンジン音が、駐車場に低く響いた。
「中学のときから、ずっとじゃ」
向島の目が、一瞬だけ澪に戻った。
「このまま終わるな、颯」
向島が少し笑った。
「勝手に終わらせんな」
バスの扉が開いた。
向島が、そちらへ目をやった。
「うちだって、まだ終わっとらん」
「続けるんか」
「続ける。尾道でまた始める」
澪の目が、少しだけ動いた。
「うちも続ける。三原で」
向島がバスに片足をかけた。
「次は試合で来いや」
向島がバスに乗った。
扉が閉まる。
澪は動かなかった。
バスが駐車場を出ていく。
尾道の文字が、角を曲がって見えなくなった。
澪はスマホを握り直した。
そのとき、通知が鳴った。
【地区大会2回戦】
三原中央高校 vs 国際広高校
会場:伯方島沖 区画A
集合時刻:11:00
部屋に戻ると、渚が弁当の半分を食べ終えていた。
凪の手が、スマホの上で止まった。
「澪さん、どうしたんですか」
「次、国際広じゃ。2日後。全員疲れを取っとけ」
遥香の目が、また開いた。渚が箸を止めた。
陽の寝息は続いていた。
翌朝、凪が目を覚ますと部屋には陽しかいなかった。
スマホを開くと、グループ通知が並んでいた。
渚:朝ごはん行きましょう
渚:芽衣起きて
芽衣:今起きた
渚:遥香も起きました
花:なんでうちまで
結:観光行くん!?
澪:騒ぐな
その下に、結からの写真が一枚あった。
布団をかぶった凪と、横向きに丸まった陽だけが写っていた。
陽がベッドの上で目を開けた。
「おはよう」
陽が頷いた。
「みんな観光に行ったみたいだけど、どうしようか」
陽が窓の方を見た。
布団の端を、指で一度つまんだ。
「ポーバ」
「ポーバ?」
「因島限定がある」
凪がスマホで位置を確認した。因島マリンセンターの施設内だった。
「じゃあ行こうか」
入口の横に、見慣れたポートバックスのロゴがあった。
三原にもある。陽はずっと、ポーバと呼んでいる店だった。
引き戸を開けると、シーリングファンがゆっくり回っていた。
「ポーバ、因島にもあるんだね」
「ここが強い」
「強い?」
「限定が多い」
昼を少し過ぎた時間だった。
カウンターに人が並んでいる。テーブル席も埋まっていた。
「なんでこんなに人がいるの」
陽の目は、メニュー表から離れなかった。
「ここ、ポーバ好きのメッカ」
「そんなのあったんだ」
凪もメニュー表を見た。
「前飲んだソルティ伯方は無いんだ」
「それは春の」
「そうだったんだ」
凪がメニューを眺めているうちに、順番が来た。
「ご注文はどうされますか」
「えっと、おすすめで」
「当店でしたら、島ナミはっさくソーダが人気ですよ」
「じゃあそれで。サイズはMで」
メニュー表を見ていた陽が、顔を上げた。
何か言いかけて、口を閉じた。
「杜仲茶ジュレクラフトソーダ、Tサイズで」
店員が一拍だけ遅れた。
商品が来た。
凪の島ナミはっさくソーダが、思っていたより大きかった。
「思ってたよりも大きいんだね」
陽がメニュー表を凪に向けた。
S サヨリ / T チヌ / M マナガツオ
「Mが一番大きくて、Tのチヌが普通ってこと?」
陽が頷いた。
「陽のは?」
陽が自分のカップを持ち上げた。
凪は、自分のカップをもう一度見た。
二人は店を出て、施設沿いの道を宿泊棟へ向かって歩いた。
「はっさくソーダ、美味しい」
「杜仲茶ジュレソーダも良い」
「どんな感じ?」
「杜仲茶とスパイスの炭酸ゼリー」
陽がカップを差し出した。凪が一口だけ飲んだ。
「独特だね」
「良い」
「陽は好きなの」
陽がストローを一度、指で押さえた。
「好き」
海の方から、風が来た。
「次は結がいるときに来ようか」
陽がカップを持ち直した。
それだけで、返事だった。
宿泊棟の方から、誰かの笑い声が聞こえた。
はっさくの炭酸が、まだ舌に残っていた。




