第41話 ポーバの、午後
地区大会一回戦を終えた午後、因島の宿泊棟には選手たちが次々に戻っていた。凪が部屋へ入ると、陽はすでにベッドへ倒れていた。遥香も隣のベッドへ横たわり、天井を見たまま口だけを動かした。
「もう、体が動きません」
渚が机に支給弁当を置いて包みを開くと、その音に遥香が閉じかけた目を向けた。
「こんなにきついって思ってませんでした」
「それ今食べるの」
「腹が減ったので」
遥香が目を閉じ、渚が箸を取るころには、隣から陽の寝息が聞こえ始めていた。
* * *
廊下では、戻ってきた選手たちの声と足音が続いていた。澪はベッドの端に腰を下ろしてスマホを開くと、速報欄に入った通知へ目を止めた。
【地区大会1回戦・結果】
尾道高校 2 - 3 宮島高校
スマホを閉じて宿泊棟を出ると、駐車場では尾道の選手たちが帰りのバスを待っていた。その端に向島颯がいて、少し離れたところには来島も立っている。澪はそのまま向島の前まで歩いた。
「颯、帰るんか」
向島が顔を上げた。
「澪か。負けたけんね」
「またか」
「二年の宮内。あいつは桁違いじゃけん、お前らも気いつけろ」
「今は、そっちじゃない」
向島の眉が動いた。
「うちは、やっとお前と同じところまで来た」
バスのエンジン音が、駐車場に低く響いた。
「中学のときから、ずっとじゃ」
「このまま終わるな、颯」
向島の口元がわずかに緩んだ。
「勝手に終わらせんな」
バスの扉が開き、向島が乗り口へ顔を向けた。
「うちだって、まだ終わっとらん」
「続けるんか」
「続ける。尾道でまた始める」
「うちも続ける。三原で」
向島がバスに片足をかけ、振り返った。
「次は試合で来いや」
そのまま乗り込むと扉が閉まり、バスは駐車場を出ていった。
澪は動かなかった。
車体に書かれた「尾道」の文字が、角を曲がって見えなくなった。
澪がスマホを握り直したところで、通知が鳴った。
【地区大会2回戦】
三原中央高校 vs 国際広高校
会場:伯方島沖 区画A
集合時刻:11:00
部屋に戻ると、弁当を半分ほど食べ終えた渚の向こうで、凪がスマホから顔を上げた。
「澪さん、どこ行ってたんですか」
「尾道、見送ってきた」
澪は空いているベッドへ腰を下ろした。
「次は二日後じゃ。今日はもう休め」
遥香が目を開け、渚の箸も止まった。陽の寝息だけは変わらず続いていた。
* * *
翌朝、宿泊棟の部屋に残っていたのは凪と陽だけで、ほかのベッドは空いていた。
凪がスマホを開くと、グループ通知が並んでいた。
渚:朝ごはん行きましょう
渚:芽衣起きて
芽衣:今起きた
渚:遥香も起きました
花:なんでうちまで
結:観光行くん!?
澪:騒ぐな
その下には結からの写真が一枚あり、布団をかぶった凪と横向きに丸まった陽だけが写っていた。凪が画面から目を上げると、隣のベッドで陽が目を開けた。
「おはよう」
陽が頷いた。
「みんなもう出たみたいだけど、どうしようか」
陽は布団の端をつまんだまま、少しだけ身体を起こした。
「ポーバ」
「ポーバ?」
「因島限定がある」
凪がスマホで調べると、店は因島マリンセンターの施設内にあった。
「じゃあ行こうか」
二人が支度を終えて宿泊棟を出るころには、昼を少し過ぎていた。施設内のポートバックスまで歩くと、入口からカウンターまで列が伸び、店内のテーブル席もほとんど埋まっていた。見慣れたロゴの奥では、シーリングファンがゆっくり回っていた。
凪は混み合う店内を見回してから、メニュー表を眺めたままの陽へ顔を向けた。
「すごい人だね」
「ここが強い」
「強い?」
「限定が多い。ポーバ好きのメッカ」
「そんなのあったんだ」
凪もメニュー表へ目を移し、前に飲んだ名前を探した。
「ソルティ伯方は無いんだ」
「もう終わった」
「そうだったんだ」
話しているうちに列が進み、二人の番になった。
「ご注文はどうされますか」
「えっと、おすすめで」
「当店でしたら、島ナミはっさくソーダが人気ですよ」
「じゃあそれで。サイズはMで」
メニュー表を見ていた陽が顔を上げ、何か言いかけたが、そのまま口を閉じた。
「杜仲茶ジュレクラフトソーダ、Tサイズで」
カウンターで二つのカップを受け取ると、凪の島ナミはっさくソーダは思っていたより大きかった。
「思ってたよりも大きいんだね」
陽がメニュー表を凪に向けた。
S サヨリ / T チヌ / M マナガツオ
「Mが一番大きくて、Tのチヌが普通ってこと?」
陽が頷いて自分のカップを持ち上げると、凪はそれと見比べるように自分のカップへ目を落とした。
二人が店を出て宿泊棟へ向かうと、施設沿いの道を海からの風が抜けた。
「はっさくソーダ、美味しい」
「杜仲茶ジュレソーダも良い」
「どんな感じ?」
「杜仲茶とスパイスの炭酸ゼリー」
陽が差し出したカップから、凪は一口だけ飲んだ。
「独特だね」
「良い」
「陽は好きなの」
陽がストローを一度、指で押さえた。
「好き」
「次は結がいるときに来ようか」
陽は小さく頷き、カップを持ち直した。
宿泊棟の方から誰かの笑い声が聞こえ、凪の舌にはまだ、はっさくの味と炭酸の刺激が残っていた。




