第40話 止まらない
第三ピリオドに入っても、庄原北の一掻きの幅は変わらず、進路へ入ってくる肩の高さも落ちていなかった。
それだけが、怖かった。
凪が潮核へ向かうと、庄原北の選手が先に身体を入れ、深く引いた腕から水が押し出された。右の脛へ圧が当たった。
足先でその続きを探したが、いつもの潮の筋のように先へ繋がらない。向きは感じるのに、その次が読めなかった。
凪が潮核を拾うとゼッケンが赤く光り、右から入った庄原北の選手の手が胸元へ伸びた。指先がゼッケンに触れる。
一秒。
凪が前へ水を蹴っても、相手は同じ方向へ身体を運び、指を残した。
二秒。
凪は相手の腕の下へ身体を一段沈めて抜けようとしたが、相手も深さを合わせてくる。
三秒になる前に、凪は潮核を離した。
また右から来た。
次も、右だった。
花が動いていた。
花は庄原北の保持者の進路へ先に入り、身体を沈めて胸元の青いゼッケンへ右手を伸ばした。相手が身体を外へ逃がしても、花は一緒に水を蹴って指を残した。
一秒。
相手がさらに前へ出ると、花の肩まで水に引かれた。
二秒。
花の足が水面近くまで浮いても、右手は胸元から外れなかった。
三秒。
青い光が消えた。
庄原北が来る。花が止める。
来る。止める。
そのたびに、花の肩が少しずつ下がっていった。
凪が潮核を拾うたび、右から押し出された水が脛へぶつかった。
第三ピリオド終了の笛が鳴り、岸の得点板は2対0のままだった。
五分のインターバルに入って岸壁へ上がっても、凪はまだ息が整わなかった。澪が近づいてくる。
「流れが読めなかった」
「人が起こしとる。腕で水を引いて、流れを作っとる」
凪は水面へ目を戻した。
「ただ、三回とも右から来た。潮じゃないけど、腕の癖がある」
澪も一度だけ水面へ目をやった。
「渚」
渚がベンチから立つと、凪と目が合った。凪は何も言わずに場所を空け、澪は肩で息をしながら陽の前に立った。
「あと少しじゃ」
陽がゆっくり頷いた。
* * *
第四ピリオドが始まると、花の少し前で渚が庄原北の一人を追った。相手が右腕を深く引くより先に、渚の身体が右へ入る。
二度目も同じだった。三度目には、引かれた水が届くより先に渚が進路へ入っていた。
右。
庄原北の選手は、まだ深く腕で水を引いていた。けれど澪はその水へ入るのが一拍遅れ、陽も身体を返すたび肩が少しずつ沈んでいた。
庄原北が、三つの潮核を同時に動かした。
一つ目を持った選手へ澪と陽が同時に入り、二人でその進路を塞いだ。その外へもう一つ青いゼッケンが抜けたところで、花も息継ぎに水面へ出た。少し先で澪も顔を出し、結が競技水域の外縁側を指した。
「もう一枚!」
花が息を吸って潜り直すと、澪と陽の外側を一人が抜け、そのさらにゴール寄りにも青いゼッケンが沈んでいた。
二人。
どちらもゴールへ向かっている。
花が前に出た。
ゴール寄りの青が先に沈む。
そっち。
花がその進路へ身体を入れた。
右へ切る。
腕。
泡。
胸元。
触れた。
一秒。
相手がさらに沈む。
重い。肩まで引かれる。
二秒。
相手が左へ身体を捻る。
右手は残る。
三秒。
青が消えた。
もう一つ。
ゴール枠の手前まで、青が来ている。
花は身体を返した。
腕。
泡。
胸元。
触れた。
一秒。
相手が前へ出る。肩が引かれる。
二秒。
息がない。
白い枠が近い。
右手は残る。
三秒。
青が消えた。
花は息を吐き切って水面へ上がった。
少し離れた水面近くで、渚のゼッケンが赤く光った。澪と陽が止めたあとに残った潮核へ、渚が先に入っていた。
庄原北の一人が追って右腕を深く引いたが、その水が届くより先に、渚の身体が右へ外れた。
また右。
今度は、渚の方が先だった。
赤い光が水中へ沈み、深くなるにつれて輪郭が見えなくなる。数秒後にブザーが鳴り、続けて試合終了の笛が響いた。
花が岸側へ顔を向けると、得点板は3対0を示していた。
花は両手を上げた。
「よっしゃ!」
芽衣が水を蹴って近づいてくる音に花が振り向くと、そのまま抱きついてきた。目元が赤かった。
「泣いとるん?」
「泣いとらんよ」
芽衣はそう言ったまま、花の肩に額を押しつけた。
花の両手が一瞬だけ宙で止まり、片手で芽衣の背中を一度叩いた。
「守ったじゃろ」




