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潮球  作者: カミツキ
八人の夏

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39/101

第39話 一つで、いい

 庄原北の最初の動きは速くなかった。凪が潮核を拾うとゼッケンが赤く光り、正面から入った選手は慌てて距離を詰めるのではなく、凪が右へ切れば右へ、左へ返せば左へ腰の向きを合わせ、進路の先から外れなかった。


 庄原北の選手の右手が、凪の胸元のゼッケンに触れた。


 一秒。


 凪が強く水を蹴ると、相手も同じ方向へ泳ぎ続け、凪の胸元に指先だけを残した。流れは読めている。それでも、抜けようとする先にはもう身体がある。


 二秒。


 凪は潮核を一段下へ沈めて身体を返したが、相手も深さを合わせてきた。息を吐いたぶん、次の蹴りも浅くなった。


 三秒になる前に、凪は潮核から手を離した。赤い光が消え、潮核だけが流れへ出た。


 読める流れなのに、体だけが抜けなかった。


 * * *


 遥香は水中から潮核と選手の位置を確かめ、最後に芽衣を見た。


 芽衣が左へ動こうとした瞬間、遥香が右手を下へ向けると、芽衣はすぐ右へ切り返し、追っていた庄原北の選手が一拍遅れた。


 芽衣が潮核を拾うとゼッケンが赤く光り、左右から二人が寄った。庄原北の一人の右手が胸元のゼッケンへ触れてそのまま残り、芽衣が身体を前へ運んで外そうとしても、もう一人が進路へ入って逃げる幅を狭めた。


 一秒。


 芽衣が強く水を掻くと、触れている選手も同じ角度へついてきた。


 二秒。


 芽衣は三秒になる前に潮核を流し、赤い光が消えた。


 芽衣が水面へ出ると、すぐ右へ身体を返した。


 芽衣と同時に庄原北の一人も水面へ上がり、遥香はその姿を追った。


 その間に潮核が遥香の前へ流れてきた。


 肺が熱い。


 足も重い。


 横を見ると、別の庄原北の二人はまだ水中に残っていた。


 遥香の手が流れてきた潮核へ届き、胸元のゼッケンが赤く光った。

 澪が水面から戻って来ていた。一瞬だけ、目が合った。


 遥香が潮核を深く流して水面へ上がると、その近くにいた庄原北の二人もほぼ同時に息継ぎへ浮いた。その下で澪の前だけが空いた。凪が後ろから続く間に、流れてきた潮核へ澪が入り、受け取った瞬間にゼッケンが赤く光った。


 二人が潜り直すより先に、澪の赤い光がゴール側へ沈み、ブザーが鳴った。


 残る潮核では得点が動かないまま第一ピリオド終了の笛が鳴り、遥香が岸側へ目を向けると、得点板は1対0を示していた。


 五分のインターバルに入ると、遥香が岸壁へ上がった。肩で大きく息をし、手をついた指先もまだ震えていた。


 その様子を見た澪が遥香へ顔を向けた。


「遥香、陽と交代しろ」


 遥香がゴーグルを外す横で、陽が水際へ出た。


 水面に浮いた芽衣が遥香を見ている横へ、陽が入った。


「このまま勝つけん」


 芽衣が陽へ顔を向けたときには、陽はもう水の方を見ていた。


 * * *


 第二ピリオドが始まると、庄原北は二つの潮核へ同時に入った。芽衣が一つ目を追う横で、もう一つを拾った庄原北の選手のゼッケンが青く光った。


 その光が視界の端に入った瞬間、あの朝の失点が胸の奥で跳ねた。あかりのゼッケンへ視線を戻した間に、鏡山の前に潮核が流れ、一歩遅れた。


 でも、今は一つでいい。


 芽衣は目の前の選手から視線を外さず、そのまま追いついて胸元の青いゼッケンへ右手を伸ばし、触れたまま残した。


 一秒。


 相手が強く水を掻いて前へ出ると、芽衣の身体まで引かれた。それでも足を蹴り直し、右手だけは胸元から外さなかった。


 二秒。


 相手が身体を捻って手を外そうとしても、芽衣は肩の位置を合わせたまま泳ぎ続けた。


 三秒。


 青い光が消え、潮核が相手の手を離れた。そのときも、芽衣の右手はまだゼッケンに残っていた。


 芽衣は右手を離し、さっき視界の端で青く光った庄原北の選手を探した。


 けれど、肺にはもう空気が残っていない。芽衣が水面へ顔を出すと、少し離れたところで陽も息を継いでいた。


「陽、深く。澪さんの方」


 結の声が飛んだ。


 陽は大きく息を吸って潜り直した。芽衣も遅れて息を吸い、その後を追った。


 さっき青い光が消えた場所から、相手の手を離れた潮核がまだ流れていた。陽はその軌道へ入り、潮核を拾うとゼッケンが赤く光った。抱え込まず身体の下へ沈め、そのまま澪の前へ流すと、赤い光が消え、潮核だけが深い流れへ乗った。


 陽はその行方を追わず、身体を返した。


 三原中央のゴール側では、もう一つの青い光が沈みながら近づいていた。陽が追いついて胸元のゼッケンへ右手を伸ばし、触れたまま残した。


 一秒。


 庄原北の選手がゴールへ身体を沈めると、陽も同じ角度へ潜り、指を外さなかった。


 二秒。


 庄原北の選手が白いゴール枠へ近づいたところで、結が水面から潜り込み、相手には触れず、選手とゴール枠の間へ身体を入れた。相手が結を避けるために身体をずらしても、陽の右手は胸元から離れなかった。


 三秒。


 青い光が消え、潮核が相手の手を離れた。


 その直後、ブザーが鳴った。


 芽衣が庄原北のゴールへ顔を向けると、さっき陽が潮核を流した先で、澪がゴール枠のすぐ上から浮き上がってくるところだった。


 残る潮核では得点が動かないまま第二ピリオド終了の笛が鳴り、芽衣が水面へ戻ると、岸の得点板は2対0を示していた。


 五分のインターバルに入って岸壁へ上がると、芽衣はその場に座り込み、膝へ手をついたまましばらく動けなかった。凪も肩で息をしながら、水面を見ていた。


 澪は花の前に立つと、その肩へ手を置いた。花が顔を上げた。


「あとは任せた」


 花がひとつ、息を吸った。

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