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潮球  作者: カミツキ
2年目の海

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第39話 一つで、いい

庄原北の最初の動きは、速くなかった。


 でも、重かった。


 凪が潮核を拾う。ゼッケンが赤く光る。

 前へ出ようとすると、もう体が来ていた。大きくはない。

 水の中で、体の芯だけが動かなかった。


 右へ。左へ。


 どこへ動いても、庄原北の体が先にある。


 ゼッケンに指が触れた。


 三秒タッチ。


 一秒。


 凪は前へ出た。

 押しても、相手の軸が揺れない。


 二秒。


 潮核を沈めた。逃がすように。


 でも追ってくる。

 速くないのに、止まらない。


 三秒の手前。


 凪は手を放した。


 読める流れなのに、体だけが抜けなかった。



遥香は水中にいた。


 潮核の位置を見る。


 選手の位置を見る。


 芽衣の位置を見る。


 芽衣が左へ動こうとした瞬間、遥香が右手を下へ向けた。

 芽衣の動きが右へ変わる。

 相手が一拍遅れた。


 芽衣が潮核を拾った。ゼッケンが赤く光る。

 でも、すぐに二人に囲まれた。


 三秒タッチが始まる。


 芽衣が前へ出た。押される。

 押し返す。


 二秒目で、潮核を流した。


 誰も拾えなかった。

 潮核が流れていく。


 次のプレーで、芽衣は息継ぎに上がった。顔を出す、その一瞬。


「芽衣ちゃん、右残して!」


 結の声が水面から飛んだ。


 隣で、庄原北の選手も上がってきた。

 同じタイミングだった。


 遥香はその姿を目で追った。


 遥香の前に、潮核が流れてきた。


 肺が痛い。足が重い。


 横を見ると、庄原北の選手がまだ水の中にいる。

 二人とも、まだ上がっていない。


 遥香はゼッケンを光らせた。

 澪が水面から戻って来ていた。一瞬だけ、目が合った。


 潮核を深く流した。澪の方へ。


 遥香が顔を出す。

 庄原北の選手が二人、同時に上がった。


 結が、水面で指を出しかけた。


 出す前に、澪の前が空いた。


 澪が動く。

 凪が続く。


 庄原北の二人は、まだ水面にいた。

 戻るには、一拍足りない。


 赤い光が、ゴールゾーンに沈んだ。


 スコア:三原中央 1-庄原北 0


 第一ピリオド終了の笛が鳴った。



インターバル。


 遥香が岸壁に上がった。


 肩が大きく動いていた。

 指先が、まだ少し震えている。


 澪の目が遥香に留まった。


「遥香、陽と交代しろ」


 遥香と陽が入れ替わった。


 芽衣が水面に浮いたまま、遥香の方を見た。

 陽が芽衣の横に来た。


「このまま勝つけん」


 芽衣が陽を見た。

 陽はもう、水の方を向いていた。



第二ピリオドの笛が鳴った。


 庄原北が最初から来た。


 潮核が二つ、同時に動き始めた。


 芽衣が一つ目をマークした。

 二つ目の潮核が視界の端で光る。


 体が引っ張られた。


 あの朝の失点が、胸の奥で跳ねた。


 あかりのゼッケン。

 鏡山の前に流れた潮核。

 戻した視線。

 遅れた足。


 押される。


 でも、今は一つでいい。


 二つは無理でも、一つは絶対に守る。


 芽衣が踏ん張った。


 体を入れる。

 庄原北の選手のゼッケンに触れた。


 三秒タッチ。


 一秒。


 二秒。


 芽衣は手を放さなかった。


 三秒。


 青い光が消えた。

 芽衣の手は、まだ相手のゼッケンにあった。



同じ頃。


 反対側で陽が動いていた。

 陽が水面に顔を出した。


「陽、深く。澪さんの方」


 結の声が短く飛んだ。


 陽はすぐに潜った。


 潮核を受け取る。


 ゼッケンが赤く光る。


 相手選手が来る前に、深く流した。


 澪の方へ。

 澪がゴールゾーンへ向かっていた。


 陽はそのまま止まらなかった。


 反転する。


 芽衣の外を抜けた選手へ向かう。


 ゼッケンに指が触れた。


 三秒タッチ。


 一秒。


 相手が進む。


 二秒。


 ゴールゾーンまで、数センチ。


 上から、影が落ちた。


 結だった。


 水面から体を入れる。


 触れない。ただ、通り道に体があった。


 庄原北の選手の体が、一瞬止まった。


 三秒。


 青い光は、沈まなかった。


 結が急いで水面に戻った。ベンチの遥香へ、指を二本だけ立てた。

 遥香が、ほんの少し頷いた。


 その向こうで、澪が最後の一押しを入れていた。


 第二ピリオド終了。

 スコア:三原中央 2 - 庄原北 0



インターバル。


 岸壁に上がると、芽衣はその場に座り込んだ。

 膝に手をついたまま、動けなかった。


 凪も肩で息をしていた。口を少し開けたまま、水面を見ていた。


 澪が花の前に立った。

 肩に手を置いた。花の耳元に近づいた。


「あとは任せた」


 花がひとつ、息を吸った。

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