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潮球  作者: カミツキ
2年目の海

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30/101

第30話 分かれ目

澪の指先が、潮核に触れた。


 掴めなかった。

 ただ、軌道は変わった。潮核は岩礁の影へ逃げる。


 忠海中央の選手が追った。

 凪も追った。


 流れが折れる手前で、足の裏がまた止まる。


 岩礁の左側。

 さっきより、少し近かった。


 花が岸から戻ってきた。退水が解けていた。

 水面で一度だけ深く息を吸い、そのまま潜る。


 五人に戻った。

 それでも、水面の声はなかった。


 忠海中央がもう一度動く。

 能島が潮核へ向かい、澪が追った。

 

 陽が外側を切る。

 花は戻ったばかりの体で、能島の前に入った。


 能島が深く沈める。


 沈めた先で、流れが折れた。


 凪の手が届いた。

 潮核に触れる。

 掴む前に、指先を弾かれた。


 それでも、ゴールゾーンからは外れた。


 第2ピリオド終了。


 スコア:忠海中央 1-三原中央 0



インターバル。


 花が水面に上がってきた。肩で息をしていた。


「ごめん」


 澪が短く返した。


「海じゃ」


 花は唇を噛んだ。


 澪がベンチを見た。


「遥香。芽衣と交代じゃ。水面に入れ」


 芽衣は何も言わなかった。

 自分が下がることは、もう分かっていた。


 結はゴーグルを握ったまま、遥香を見ていた。


「全部見ようとしたら遅れるけんね」


「はい」


「でも、見えたら言えばええ」


 遥香が頷いた。

 芽衣は水面を見たまま、ゴーグルを外した。


「止めきれませんでした」


「止めた。次は見とけ」



第3ピリオド。


 遥香が水面に残った。

 花、凪、澪、陽が水中へ入る。


 水面から見る鞆の浦は、三原とも大久野島とも違った。


 潮核は、まっすぐ進んでいるように見える。

 でも岩礁の影を通ると、一瞬だけ遅れる。


 遅れたあとに、向きが変わる。


 遥香の息が浅くなった。


「左」


 遅かった。


 忠海中央はもう左へ曲がっていた。


 能島が潮核を拾い、ゼッケンが光る。


 澪が前に入り、三秒タッチが始まった。


 遥香は潮核を追うのをやめた。

 岩礁の影を見る。


 水面が、そこだけ少し黙っていた。

 遥香は水面を蹴った。


 ベンチの結が、少しだけ身を乗り出した。


「そこ入るん!?」


 能島が潮核を横へ手放す。

 忠海中央の選手が受けに来た。


 その通り道に、遥香の体が入った。


 触れたわけではない。

 ただ、受けに来た選手の通り道が少し狭くなった。


 凪の足の裏が止まった。


 流れが折れる。


 花がそこに入った。

 さっき横へ流された場所だったが、今度は折れる前に体を入れていた。


 潮核を拾う。ゼッケンが光る。


 忠海中央の選手が来た。

 花の体が押され、横へ流れる。それでも倒れなかった。


 踏ん張った足が、岩礁の影の流れを掴んでいた。


 ゴールゾーンへ。


 赤い光。ブザー。


 スコア:忠海中央 1-三原中央 1


 遥香が水面に上がった。大きく息を吸う。

 ベンチで、結が少しだけ笑っていた。



第4ピリオド。


 能島が前に出た。


 遥香は水面から見ていた。凪も、水中で見ていた。


 流れが折れる場所は、少し分かった。

 けれど能島は、折れる前から沈んでいた。


 凪が動く。


 遅い。


 能島は岩礁の影へ入った。


 体が沈む。


 潮核も沈む。


 流れが折れた。


 折れた先に、能島だけがいた。


 陽が追う。

 花が追う。

 澪が内側へ入る。


 能島は潮核を浅く流した。


 別方向で、忠海中央のゼッケンが光る。


「右!」


 遥香の声に、花が反応した。澪も動く。


 そこではなかった。


 さらに奥。

 岩礁の裏側で、もう一度流れが折れていた。


 忠海中央が拾う。ゴールゾーンへ。


 青い光。ブザー。


 遥香が、水面で奥の岩礁を見ていた。


「一つ目を、見せられました」


 奥の岩礁の影で、泡が遅れて浮いた。


「本命は、二つ目でした」


 スコア:忠海中央 2-三原中央 1


 遥香は水面で止まった。


 一度、水中へ入ろうとした。

 けれど、視線は奥の岩礁から離れなかった。


 結が、口を少し開けた。


「今の、よう残ったね」


 遥香は水面に残った。


 潮核が三つ、別々の流れに乗っていた。

 能島が一つへ向かい、忠海中央の別の選手が逆へ走る。


 凪の足が止まる。


 岩礁の左側ではない。


 奥だった。


 さっき能島が使った、二つ目の折れ目。


 遥香が奥の岩礁を指した。

 手のひらで、水面を斜めに切る。


「奥です! 二つ目!」


 凪が見た。


 陽も見た。


 能島が潮核を掴む。


 澪が前に入った。


 三秒タッチが始まる。


 泡の向こうで、陽のサインが出た。


 花が動く。


 潮核はまだ遠い。


 流れに乗っている。

 普通に追えば届かない。


 凪の足の裏が止まった。


 流れが折れる。


 今度は、止まるだけじゃなかった。


 凪が先に手を伸ばし、潮核の軌道が変わる前に指先で触れる。

 潮核が浅く流れた。


 ベンチの結が、息を吸った。


「うそじゃろ、それ」


 花の前へ。


 花が拾った瞬間、ゼッケンが光る。

 忠海中央の選手が二人来る。


 一人が正面に入り、もう一人が横から触れた。


 三秒タッチ。


 一秒。


 花の体勢が崩れた。


 正面を塞がれ、体が沈む。


 二秒。


 横へ流される。


 足が水を掴めない。


 それでも、潮核を抱えた腕だけは離さなかった。


 前へ。


 三秒になる、その直前。


 花の腕が、ゴールゾーンの境界を越えた。


 潮核が沈む。


 赤い光。

 ブザー。


 次の瞬間、花のゼッケンの光が消えた。

 試合終了の笛が重なった。


 水面に、三原中央の五人が上がった。


 誰もすぐには声を出さなかった。


 花はゴールゾーンの方を見ていた。


「追いついたん?」


 渚の声が、岸から飛んだ。


 審判がスコアボードを見た。


 スコア:忠海中央 2-三原中央 2


 花がその場で、ようやく息を吐いた。

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