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潮球  作者: カミツキ
2年目の海

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第28話 青葉の夜

空が白く霞んでいた。潮の匂いが湿気を帯びて、いつもより重く感じる季節。

商店街の軒先に、紫陽花が出始めていた。


戦績表には、三原中央の横に「三勝二敗」と出ていた。


次に負けたら、そこで終わる。その事実は誰も口にしなかった。

でも体育館の廊下を歩くたびに、空気が少し重かった。


部活が終わった後、結が全員を振り返った。


「ミナミボウル行こ」


バッグの音だけが、廊下に残った。


「はい」


遥香が手を挙げた。


「行く行く」


渚がすぐ続いた。



ショッピングモール「ネオン」の隣にあるミナミボウル。


ボウリング、パターゴルフ、卓球、ダーツ、ゲームコーナー。

八人で入ると、受付が少し騒がしくなった。


靴に履き替えて、レーンに並んだ。

凪が一投目を投げた。ボールが途中で右に曲がって、七番ピンだけ残った。


「なんで曲がったん」


「分からん」


結が隣で笑った。


「潮核は読めるのにね」


凪は答えなかった。


花が投げた。ガターに消えた。


「うそじゃろ」


渚が投げた。まっすぐ行って、七本倒れた。

渚が首を傾けた。


「まあまあじゃないですか」


陽の番が来た。

レーンの前に立った。

ボールが走った。レーンの端に当たった瞬間、低い音が床から体に届いた。


ストライク。


全員が陽を見た。

次の陽の番が来た。陽がボールを手に取った。


またストライク。


結衣がスコアボードを見た。

また陽の番が来た。


またストライク。


「……え」


三連続ストライク。ターキーだった。


「陽ちゃん、なんで」


「なんとなく」


それだけだった。



ボウリングの後、それぞれ散らばった。


花と遥香がパターゴルフのコースへ向かった。

花が1打目を打った。ボールが大きく外れた。


「……なんで」


もう一度打った。また外れた。


「自分で運んだ方が早くない?」


遥香がクラブを構えた。静かに振った。

ボールがゆっくり転がって、ホールに吸い込まれた。


花が遥香を見た。


「なんで上手いん」


「静岡にゴルフ場が多くて」


「それ関係ある?」


「あると思います」


「絶対関係ないじゃろ」



卓球台の方から、音が聞こえてきた。

結と渚が向かい合っていた。


ラリーが続いていた。5回、10回、15回。球が台を叩く音が、コーナーの外まで届いていた。

結が打つたびに渚が返す。渚が打つたびに結が返す。どちらも止まらなかった。


遥香がパターゴルフのクラブを持ったまま、卓球台の方を見た。


結の肩が、打つたびに揺れていた。渚は動かなかった。ラケットだけが動いた。

遥香は少しだけ視線を落とした。クラブを持ち直した。

ボールをセットした。静かに打った。



ダーツのコーナーでは、澪と結衣と陽が並んでいた。

陽が飴を口に入れた。ダーツを投げた。中心近くに刺さった。また投げた。また刺さった。

結衣が投げた。外れた。もう一本。また外れた。

何度か投げるうちに、腕の角度が変わった。次の一本が、少し中心に近づいた。


澪が振り返った。


「今のがいい」


結衣が同じ角度で投げた。また中心に近づいた。

澪が投げた。


ど真ん中だった。


結衣が澪を見た。


「……手加減してくれていいです」


「しとったわ」



ゲームが一段落して、全員がロビーに集まった。


花が渚と結の間に割り込んだ。


「決着つかんかったん?」


「ついた気がしたけど忘れた」


渚が胸を張った。


「うちが勝ってました」


「うそじゃろ」


渚がすでに歩き出していた。結がその後ろを追いかけた。



ミナミボウルの下のフロア。バイキング「サツキマサ」。


8人でテーブルを囲んだ。

寿司、肉、デザート。みんなが好きなものを取りに行って、また戻ってきた。


渚が最初に三皿持って戻ってきた。


「早い」


「腹減ってたんです」


陽がから揚げとたこ焼きを持って戻ってきた。


「また食べとる」


結衣が鉄板の肉をひっくり返した。澪を見た。


「澪先輩はあんなに上手いのに手加減できるって、なんか悔しいですね」


「お前もいつかそっちになる」


結衣が鉄板から目を上げた。


「……なりたいです」



食事の途中で、澪のスマホが鳴った。

全員が澪を見た。

澪がスマホを開いた。


肉が鉄板の上で音を立てていた。誰かがデザートを取りに立った。

澪が画面を見たまま動かなかった。それから、スマホを伏せた。


「忠海中央」


テーブルが静かになった。

寿司を持っていた渚の手が、止まった。


「場所は」


鉄板の上の肉が、端から黒くなっていた。焦げた匂いが漂い始めていた。


「鞆の浦」


テーブルの上で、肉が焼ける音だけが続いた。

凪は箸を置いた。忠海中央。能島蒼。地区予選の最初に負けた相手。


「行くしかないじゃろ!」


花が声を上げた。

花の声だけが、テーブルに残った。渚が寿司を皿へ戻した。

結が窓の外を見た。


「もしかしてこの後、階段上ったりする?」


窓の外に、駐車場の街灯が並んでいた。



三原八幡宮。夜の石段。


八人で並んで上った。

石段の途中、松明の灯りが揺れていた。梅雨前の風が、青い葉を揺らしていた。

結が足を止めずに前を向いた。


「ここまで来たら、負けるの想像できんよね」


花はまっすぐ前を見て上っていた。澪も同じだった。


石段の音だけが続いた。

本殿の前に着いた。八人が並んだ。

それぞれが手を合わせた。

松明の灯りが、静かに揺れていた。


石段を下りた。石畳の上に、八人分の足音が続いた。

夜の港の方から、フェリーの汽笛が一度だけ鳴った。それきり、音が消えた。

潮の匂いが、重く漂っていた。

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