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潮球  作者: カミツキ
2年目の海

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27/35

第27話 変わる常識

フェリーが大久野島の桟橋に着いた。


本土からわずか十数分。

それでも海の色は少し違って見えた。島影の間を、濃い潮流が流れていた。

板を踏んで降りた瞬間、何かが足元に来た。


茶色い塊だった。


渚が声を上げる間もなく、もう一匹来た。また一匹。


「うさぎ……」


遥香が固まった。


桟橋から続く砂利道に、うさぎが十数匹いた。

人を怖がらない。むしろ近づいてくる。


「前日に調べなかったんよね?」


結が遥香の隣で砂利にしゃがんだ。


「調べませんでした」


「賢い選択じゃったね」



芝生広場でアップを始めるはずだった。

遥香が動かなかった。

うさぎが三匹、遥香の足元に集まっていた。一匹が遥香のシューズを嗅いでいた。


「遥香、気合入れろ」


澪がエサの葉っぱを一匹に差し出した。

うさぎがもぐもぐと食べた。


「澪先輩が言えることではないと思いますけど」


遥香の声が、いつもより少し高かった。


「うちは試合前にリラックスしとるんじゃ」


「同じじゃないですか」


芝生に、結が仰向けになった。

三匹のうさぎが結の腹の上に乗った。


「言ったじゃろ」


結は空を見たままだった。遥香が結を見た。


「なんでそんな嬉しそうなんですか」


「うさぎが乗っとるけんね」


風が芝生を撫でた。

うさぎの耳が、同じ方向に少しだけ揺れた。



会場の海には、さっきまでの芝生とは違う匂いがあった。

審判がボードを掲げる。


  【本日の潮況】

  時刻:9:30

  方向:南→北 秒速0.3m

  特記:島影複数・潮目あり

     岩礁周辺で流れが変わる


凪は水面に手を当てた。

島全体が小さい。岩礁が多い。流れが細かく分断されていた。

潮目がいくつもある。屋内とは全然違う。


対岸に西条付属の五人が並んでいた。

鏡山が前に出た。凪を見た。


「また会ったね」


「また会いましたね」


鏡山のすぐ後ろに、二人の1年生がいた。

加茂あかり(かも あかり)が小柄でまっすぐな目をしていた。

西高屋美咲にしたかや みさきが少し離れた場所で海を見ていた。


澪が凪の隣に来た。


「向こうの1年、見たか」


「見ました、右が気になります」


西高屋が、海から目を離さなかった。



試合開始の笛が鳴った。全員が海へ。


凪が水中に入った瞬間、流れが複数の方向から届いてきた。

大久野島の海。岩礁が流れを割って、向きが細かく変わる。

三原で何度も読んできた流れと、違う。でも体は遅れなかった。


岩礁の影に、潮目が走っていた。

凪が止まった。花が気づいた。陽がサインを出す。


西条付属のディフェンスが来る前に、潮核が流れ込んでいた。

花が拾った。ゼッケンが光る。止まらない。体ごと前へ。


赤い光。ブザー。

スコア:西条付属 0-三原中央 1


水面の結が声を上げた。

西条付属が動いた。鏡山が潮核へ向かう。

でも岩礁の影で流れが変わった瞬間、鏡山の足が一拍止まった。慣れていない。


凪が先に動いた。潮核を拾う。ゼッケンが光る。

西高屋が来た。凪が動いた方向を先読みして前に入ろうとする。


でも凪は左に切れた。体が先に動いていた。

澪へ流す。ゴールゾーンへ。

赤い光。ブザー。


スコア:西条付属 0-三原中央 2



第2ピリオド。


西条付属の動きが変わり始めた。

西高屋が動きを止めた。岩礁の近くで、水中に静止していた。泡の向きだけを見ていた。

陽がサインを出した。全員が動く。

西高屋が一拍早く動いていた。凪のコースに先に入った。


凪が止まった。潮核の軌道が変わった。西条付属が拾う。鏡山へ。ゴールゾーンへ。


青い光。ブザー。

スコア:西条付属 1-三原中央 2


加茂が動いた。まっすぐ潮核へ向かっていく。迷いがない。

凪が追う。陽が外側を潰す。澪が内へ入る。

加茂が止まらなかった。三人の囲みを、力で割った。

そのまま深く沈める。


青い光。ブザー。

スコア:西条付属 2-三原中央 2


西高屋はまだ岩礁の近くにいた。泡の向きだけを見ていた。



インターバル。


澪が全員を見渡した。


「結衣と遥香を入れる。結衣はうちと交代じゃ。遥香は結と交代」


花が頷いた。結が頷いた。

遥香が水面を見た。

うさぎのことは、もうどこかへいっていた。



第3ピリオド。


遥香が水面に立った瞬間、全体が見えた。西条付属の動きが変わっていた。

西高屋が流れに馴染んできている。加茂が自分の判断で動いている。


加茂が潮核へ向かった。結衣が前に出た。どちらも止まらない。


加茂が左へ切れた。結衣がついていく。加茂が止まって深く沈めた。

結衣の手がギリギリ届かなかった。鏡山が受け取る。ゴールゾーンへ。


青い光。ブザー。

スコア:西条付属 3-三原中央 2


遥香の声が、一拍遅れた。鏡山がゴールゾーンへ向かっていた。

遥香の視線がそちらへ届いたのは、青い光の後だった。


西高屋が動いた。

凪が岩礁の影を使おうとした。流れの向きを読んで右へ切れた。


西高屋がそこにいた。


最初からいた。


遥香が水面でその場面を見ていた。

凪が止まった。西高屋の前で、完全に止まった。


島の木立の向こうから、風の音がした。


遥香の目が、定まった。


右の岩礁を指す。

水面を横に切る。


凪が右を向いた。岩礁の影から、新しい流れが差し込んでいた。

西高屋の一拍の迷いが、そこに生まれた。


凪が動いた。迷わなかった。

潮核を拾う。陽へ。ゴールゾーンへ。

赤い光。ブザー。


スコア:西条付属 3-三原中央 3



第4ピリオド。


西条付属の息は、もう乱れていなかった。

加茂と西高屋が並んだ。二人が動いた。同時に。

加茂が直線で潮核へ向かう。西高屋がその逆方向へ動く。


結衣が加茂を追った。

陽が西高屋のコースを切る。凪が潮核の位置を読んで先回りした。


加茂が止まった。

結衣の手が、加茂の肩に触れかけた。


止まった場所から、加茂が潮流へ潮核を流した。

潮核が岩礁の向こうへ吸い込まれた。


西高屋がそこへ向かっていた。

加茂が潮流へ流す動作に入った瞬間、西高屋はもう動いていた。

凪が追う。間に合わない。


西高屋が潮核を拾った。ゼッケンが光る。

西高屋が左へ深く沈めた。潮核が岩礁の影を抜けた。加茂が待っていた。


ゴールゾーンへ。

青い光。ブザーが鳴った。


スコア:西条付属 4-三原中央 3

試合終了の笛。



水面に出た。

遥香が岸から海を見ていた。凪が隣に来た。


「西高屋さん、最初から分かってたんですか」


護岸の石積みに、小さな波が跳ねる音がした。


「途中から。でも終盤になるほど、速くなってた」


加茂あかりが鏡山の隣で海を見ていた。

西高屋美咲はまだ海の中にいた。

潮の向きを確かめるように、ゆっくり泳いでいた。


うさぎが一匹、岸の草の上を歩いていた。


凪はそれを見た。

島の海は、三原とも尾道とも違った。

次に来るとき、この海はもう少し読める気がした。

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