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潮球  作者: カミツキ
2年目の海

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26/101

第26話 さつき日和

五月の終わり。


 さつき祭りの日だった。


 三原の四大祭りのひとつ。

 けれど花にとっては、観光の名前より先に、近所の公園の祭りだった。


 花と芽衣は、朝から来ていた。


 毎年ここに屋台を出す町内会の手伝い。

 花は去年も同じ場所にいた。

 芽衣も、もっと小さいころからこの公園を知っていた。


 焼きそばをひっくり返して、お釣りを数えて、終わったらそのまま祭りを回る。

 それが、花にとっての五月だった。


 尾道戦のことは、朝から口にしていなかった。


 花が焼きそばの麺をほぐした。鉄板の上で、煙が上がる。


「今年、人多いですね」


「多いね。ウナギ復活したけんじゃない?」


「小さいころ、あれ見るだけで怖かったです」


「掴まんかったん?」


「無理です」


 子どもの笑い声が、公園の奥から流れてきた。


「花ちゃーん、準備早めに終わったけん、ちょっと友達と遊んできんさい」


「ありがとう、またあとで戻ってくるけん」


 ソースの焦げた匂いが、公園の奥まで流れていた。



昼頃。


 残りの六人が公園に現れた。


 渚がすでに何かを食べていた。たこ天串を片手に、公園を見回している。

 陽がその隣で焼きそばを黙々と食べていた。


 結が手を振った。


「二人ともいつ来たん」


「10時」


「早っ」


 凪が花を見た。

 花が首にかけたタオルを軽く引っ張った。


「朝から手伝い?」


「うん、おばあちゃんの代わりにね」


 結の視線が公園の奥に向いた。


「お、ウナギ掴みやっとるじゃん!」


 プール跡地に仮設プールが組まれていた。

『今年限定復活!ウナギ掴み体験』という手書きの看板が立っていた。



 八人でウナギ掴みのコーナーへ向かった。

 仮設プールの中に、黒い影がいくつか動いていた。


「うちから行く」


 渚がそのまま袖をまくった。迷いがなかった。

 手をプールに入れた瞬間、水がぱしゃっと跳ねた。


 三秒後、ウナギが宙に浮いていた。


「はや」


 陽がから揚げを口に入れながら見ていた。


「次うちがやる」


 芽衣が前に出た。肘まで水に入れた。ウナギが逃げる。

 また入れる。また逃げる。それでも止まらなかった。


「全然止まらんじゃん」


「止まったら負けと思って」


「自分に?」


「うなぎに」


 花が笑った。

 芽衣も一緒になって笑った。


 遥香が仮設プールの前で止まっていた。

 中を覗いて、少し後ろに下がった。


「無理かもしれないです」


「え、静岡じゃろ。うなぎパイとかあるじゃん」


「うなぎパイはお菓子です。これは生きています」


 遥香が本気の目で結を見た。


 結が一歩下がった。


「そこ、そんなに分けるんじゃ」


 周りが笑った。

 遥香が少し赤くなっていた。



ポニー乗馬のコーナー。


 白と茶色の二頭が、木陰でゆっくり立っていた。

 渚がすぐ列に並んだ。


「かわいい〜!」


 結が小走りで近づいた。手を伸ばしてポニーの鼻先を撫でた。

 ポニーがぶるっと鼻を鳴らした。


「わっ動いた」


「当たり前じゃろ」


 凪は少し後ろで止まっていた。


「凪先輩、乗らないんですか」


「乗る」


 凪はそう言ったまま、ポニーの鼻先を見ていた。

 ポニーが静かに息をした。


「海は読めるのに、馬はだめなんですか」


 渚が首を傾けた。

 凪は答えなかった。


 手のひらが、少しだけ丸まった。


 係員に手綱を渡されて、凪がゆっくりまたがった。


 芽衣が、ポニーの背中で固まっている凪を見ていた。


「凪先輩でも、ああなるんですね」


「なるよ。あいつ、海以外はけっこう普通じゃけ」


 花が笑った。


 陽は順番が来ると、黙って乗った。

 ポニーの背中で正面を向いたまま、一周して降りた。



夕方。


 屋台が並ぶ通りを八人で歩いた。


 渚がたこ天串を買った。


「何本目なん?」


「数えとらんです」


 結が呆れた。


「いっぱい動いたら腹減るじゃないですか」


 花が芽衣と少し後ろを歩いていた。


「来年もここ来る?」


「来ます。花先輩がいる限りは」


「うちがおらんくなっても来いよ」


 夕暮れの光が、屋台の煙に混じっていた。


「来ます」



 公園のベンチに八人で座った。


 澪のスマホが鳴った。

 潮球運営委員会アプリ。全員が澪を見た。


 澪がスマホを開いて、少し止まった。


「西条付属」


 花の顔から笑いが消えた。


「場所は」


「大久野島」


 結が手の中のカップを握りしめた。


「遥香、大久野島はやばい。絶対事前に調べたらダメ」


「そ、そんなに危険な潮流なんですか」


「遥香のメンタルにも影響してくるかもしれん」


 結が真顔になった。


「わかりました」


 花が苦笑いした。

 渚がたこ天串を食べた。


「西条付属って海どうなんですか?」


「屋内施設で練習しとるけん海は苦手じゃった」


「ここで当たるってことは、うちらと同じ成績?」


「忠海中央にも勝っとる」


 しばらく誰も口を開かなかった。

 公園の向こうから、祭りの音がまだ続いていた。


「今日くらいは祭りじゃけん」


 花がベンチから立ち上がった。


 公園の向こうで、また子どもの声が上がった。

 誰かの空っぽの串が、ベンチの端に置いてある。


 陽が、いつの間にか別の串を持っていた。


「もう一本」


「まだ食べるん?」


 祭りの音が、少しだけ戻ってきた。

※本話のさつき祭りに関する描写は、公開情報および過去に参加された方から伺った当時の記憶を参考にしています。

物語上、時期・催し・細部の流れは創作に合わせて調整しています。

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