第25話 次の流れ
インターバル。
澪が全員を見渡した。
「後半、陣形を変える。芽衣と遥香を同時に入れる」
澪がゴーグルを外した。
結も、水面からゆっくり岸へ戻った。
凪が澪を見た。
「うちと結が下がる」
澪は尾道水道を見たままだった。
「凪。後半はお前が見る」
凪が頷いた。
「向こうの1年、見たか?」
全員の視線が、尾道のベンチへ向いた。
尾道のベンチに、小柄な一年がいた。
来島理緒。
試合中、ほとんど動かなかった。
でも、動いた場所は全部当たっていた。
澪が凪と渚を見た。
「あれは凪や渚とは違う感覚じゃ」
「違う感覚?」
「お前らじゃないと突破できん場面が来る」
岸沿いの潮が、ゆっくり向きを変えていた。
「芽衣。後ろは崩れるな」
「遥香。竹原第一の時みたいに頼んだ」
芽衣と遥香が短く頷いた。
第3ピリオド。
芽衣と遥香が入った。
来島が動いた。
小柄な体が、複合流の手前で止まった。
動かない。
待っている。
凪には分かった。
そこに流れが来る。
来島の視線は、そこから動かなかった。
凪が先に動いた。
来島の前に入った。
来島がすでに違う場所にいた。
凪が読んだのは今の流れだった。
来島が待っていたのは、次の流れだった。
渚が反応した。来島を追う。
でも来島の体は、もう次の潮目へ入っていた。
その瞬間、颯が動いた。
凪と渚が来島を追っていた分、颯の前が空いた。
陽が外側を潰しに行く。
来島が一歩だけ横へずれた。
それだけで陽のコースが塞がった。
颯が潮核を拾った。ゼッケンが光る。
遥香の声が水面から飛んだ。
芽衣が半歩遅れてコースに入る。
颯はそこを見ていなかった。
一段深く沈む。
青い光。ブザー。
スコア:尾道 4-三原中央 0
第3ピリオド終了の笛が鳴った。
インターバル。
渚が水面に顔を出した。
「どこから来たんですか?」
「分からない」
凪も分からなかった。
来島の動きを頭の中でもう一度追った。
読んだ流れは合っていた。
でも一拍ずれた。
第4ピリオド。
陽がサインを出した。
凪が動く。渚が動く。
来島が来た。渚が前に出た。
来島のゼッケンが光っていた。
止まったまま、潮核を手放した。
横へ、深く。
芽衣が動いていた。
サインはなかった。
体が先に動いていた。
芽衣が潮核を拾った。
ゼッケンが光る。
「芽衣さん、右! 凪さん、奥!」
遥香の声が届いた。
尾道の選手が来る。
芽衣が止まらない。
引きずられながら前へ。
「今!」
遥香の声が届いた。
凪が奥で待っていた。
受け取る。ゴールゾーンへ。
尾道の選手が二人来た。
渚が先に動いた。一人を引きつける。
凪が空いたコースへ沈めた。
赤い光。ブザー。
スコア:尾道 4-三原中央 1
ベンチの結が、立ち上がっていた。
「今の、芽衣ちゃんが先に動いたん?」
声が少し裏返っていた。
来島が出てきた。
颯も出てきた。
二人が並んだ。
凪は水中でその二人を見た。
颯の速さと、来島の精度。
どちらかを追うと、もう一方がいる。
颯が動いた。
渚が追う。凪が颯を見た。
来島は浮いたままだった。
水面の遥香が、来島と颯の動きを同時に追っていた。
来島の視線だけが、颯の方向へ動いている。
「凪さん、違います!」
声が出た。
風に押されて、水面で散った。
凪には届かない。
芽衣が他の選手を止めていた。
陽はサインを出す余裕がない。
遥香は息を吸った。
水に入った。
来島が遥香に気づいた。
一歩、下がった。
その一歩が、凪の目に入った。
来島が退いた。
凪が来島を追う動きに入った。
その瞬間、颯の姿が視界の端にあった。
颯が潮核に近づいていた。
凪の体は、もう来島へ向いていた。
切り替えが間に合わない。
渚が颯を追っていた。
でも距離が縮まらない。
水面から潜った遥香が、颯に追いついた。
触れた。三秒タッチが始まる。
一秒。
凪が来島を追う動きを止めた。
颯へ切り替わる。
二秒。
颯が潮核を手放した。
潮流へ流す。
来島がそこにいた。
凪が目を向けた瞬間には、来島はもう別の場所にいた。
ゼッケンが光る。
誰も追いつけなかった。
青い光。ブザー。
スコア:尾道 5-三原中央 1
凪と渚が息継ぎに水面へ出た。遥香はまだ水中にいた。
凪が渚を見た。
「C」
渚が頷いた。
二人がまた水中へ入った。
潮流に乗っている潮核が一つ見えた。
芽衣のゼッケンが光っているのも見えた。
凪が潮流へ向かった。渚が芽衣の近くへ向かった。
遥香は複合流の中にいた。
来島が一度水面へ出た。
大きく息を吸って、また複合流へ向かってきた。
遥香の目に、潮核が見えた。
肺が熱かった。手足に力が入らない。
それでも遥香の手が伸びた。
触れた。
拾った。
ゼッケンが光る。
尾道の選手が反応した。
遥香へ向かってくる。
ベンチの結が、身を乗り出した。
「遥香、見とる」
水面ではなく、水中を見ている。
遥香は潮流を読めなかった。
複合流の動きは、まだ分からない。
でも、仲間がどこにいるかは分かっていた。
水面から何度も見てきた、全員の動き。
遥香は潮核を深層へ流し水面へ浮き上がった。
複合流のさらに深いところに、凪が来ていた。
凪が潮核を掴んだ。
誰も追いつけなかった。ゴールゾーンへ。
赤い光。ブザー。
スコア:尾道 5-三原中央 2
「水中で、渡した……」
結の声が、ベンチで小さく落ちた。
その反対側で、渚がまだ動いていた。
同時に、渚のゼッケンも、別方向で光っていた。
ベンチの結が、手すりを掴んだ。
「うそじゃろ。まだ繋がっとる」
来島が渚の前に立った。
三秒タッチが始まる。
凪はまだ戻れない。
遥香は浮上中だった。
陽と芽衣も遠い。
渚が潮核を凪へ流した。
凪の体が潮核を追いに行く。
でも複合流に押し流された。
潮核の軌道が大きくずれた。
ずれた先に、来島がいた。
「そこまで読んどるん……?」
結の声が、ベンチで小さく落ちた。
来島が潮核を拾った。
潮流に乗せる。
颯がその先にいた。
でも颯の後ろに、芽衣がいた。
結が息を止めた。
「芽衣ちゃんも、まだ追っとる」
結の声が、今度は少し震えた。
颯が一瞬止まった。
三秒タッチが始まる。
颯が一段深く沈んだ。
芽衣の指先から、光が外れた。
颯がゴールゾーンへ向かう。残り数メートル。
振り払われた芽衣が体勢を立て直した。
また颯に追いついた。
触れた。
三秒タッチが始まった瞬間。
試合終了の笛が、鳴った。
スコア:尾道 5-三原中央 2
水面に上がった。
渚が凪の隣に来た。
「来島さんの動き、掴めました?」
「少しだけ。複合流に、まだ読めない層がある」
凪は水道を見た。
「来島さんは、そこに入ってくる」
「うちも次は入れる気がします」
凪は渚を見た。
渚の目は、もう次の水道を見ていた。
凪の中には、まだ読めなかった層だけが残っていた。
颯が向こうで水道を見ていた。来島理緒がその隣に立っていた。
「良い試合じゃった」
颯がこちらへ声をかけた。
「来年も、当たるかもしれんね」
澪が水道を見たまま返した。
「当たる」




