表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮球  作者: カミツキ
2年目の海

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/101

第24話 尾道水道、再び

地区予選4試合目当日。


 三原駅から電車に乗った。

 去年と同じ道だった。でも、八人だった。

 芽衣が窓の外を見ていた。


「海が近づいてきた」


「尾道はすぐ海じゃけんね」


 結が窓に額をつけた。


「駅を出たら目の前が水道」


 遥香が首を伸ばした。


「太平洋より狭いのに、なんか迫力がある」


 渚が窓の外を見ていた。


「流れ、速そうですね。三原と全然違う」


 澪が凪を見た。


「去年来たときより、読める気がするか」


「少しだけ。でも分からない部分の方が多い」


 尾道駅を出た瞬間、水道が目の前にあった。

 潮の匂いが、一気に近くなる。


 向島が、すぐそこに見えた。

 渡船が一艘、静かに横切っていった。


「狭い」


 遥香が立ち止まった。


「でも流れがある。波もないのに、水面が動いてる」


「島と島の間じゃけん、流れが集まるんよ」


 結が遥香の隣に並んだ。


「太平洋は広いけん、逃げ場がある感じなんじゃろ。ここは狭いぶん、流れがぶつかるんよね」


「狭いのに複雑ってことですか」


 遥香が水面を見ていた。

 渚はもう、水道の流れに体を向けていた。


 去年はただ速かった潮目に、今年は境界が見えていた。


「凪先輩、顔が違いますよ」


 渚が凪を見ていた。


「去年来たとき、怖い顔してたって澪先輩から聞きました。今日は読もうとしてる顔です」


「余計なこと言うな」


 澪が渚の頭を軽く叩いた。


「すみません」


 渚が少し笑った。

 笑い声が消えると、水道の音だけが残った。


 審判がボードを掲げる。


  【本日の潮況】

  時刻:13:00

  方向:東→西 秒速0.8m

  特記:水道内に常時複合流・潮目が発生


 凪は水道を見た。

 去年はそれが怖かった。今年は、使える場所を探していた。


 対岸に尾道の五人が立っていた。向島颯が前に出た。


「澪」


 颯が澪を見た。


「今年も来たんじゃね」


「来たよ」


「去年より強くなっとる?」


「試合で確かめればええじゃろ」


 颯が笑った。派手な笑い方だった。



試合開始の笛が鳴った。


 先発の五人が海へ入った。


 尾道が動いた。去年より速かった。


 颯が最初から全力で動いていた。

 速い、ではなかった。

 止まる場所がなかった。


 複合流の中を、迷いなく泳いでいる。

 判断が呼吸のように速い。


 澪がすぐに動いた。

 颯のコースを読んで先回りする。


 颯のコースが、その瞬間だけ変わった。澪が追う。

 追いつかない。


 花が颯の前に体を入れた。

 止まらない。引きずられながら三秒を稼ぐ。


「右……違う、下!」


 結の声が水面で割れた。


 でも、颯が一段深く沈んだ。

 花の指先から、光が外れた。


「もう出口におる!」


 颯のゼッケンが光った。

 陽がコースを切った。でも届かない。


 青い光が、ゴールゾーンに沈んだ。


 スコア:尾道 1-三原中央 0


 凪が水中で颯のパターンを探した。

 潮目を越えるとき、一瞬だけ止まる。

 そこだけが、読める。


 凪が動いた。

 颯の次の出口で待った。


 颯は最初からそこへ来なかった。


「外!」


 結の声が飛んだ。


 尾道の一年が、そこにいた。


 小柄な選手だった。

 水道を見ていない。

 颯も見ていない。


 凪が動いたあとに空く場所を、先に見ていた。


 凪が待った出口の、一つ外側に入っていた。


 潮目を読んだのは、凪だった。

 でも、凪がそこへ動くことまで、尾道は読んでいた。


 背中の奥が、少し冷えた。


 陽が外側を潰す。

 澪が内へ入る。


 花が一度は止めた。


 三秒。


 尾道のゼッケンの光が消えた。

 落ちた潮核に、凪の手が伸びる。


 尾道の別の手が、先だった。


 青い光が沈んだ。


 スコア:尾道 2-三原中央 0



インターバル。


 水面に集まった。


「読めてるか」


 澪が凪を見た。


「少しだけ。でも向こうの方が先に動いてる」


「潮目を読まれとる」


 渡船の波が、潮目で小さく割れた。


「多分」


 澪が少し考えた。


「渚を入れる」


 花が澪を見た。


「うち?」


 澪は短く頷いた。


 花は水道を見た。

 颯がいる。尾道の一年がいる。まだ、一点も返していない。


 花の指が、ゴーグルの端にかかった。

 外す前に、少しだけ止まった。


「分かった」


 ゴーグルを外した。

 渚の胸を、拳で軽く叩く。


「行け。流されても止まんな」



第2ピリオド。


 渚が入った。動きが硬い。

 三原とも大崎上島とも違う複合流に、体が迷っていた。


 尾道がすぐに動いた。

 颯ではなく、別の選手が潮核へ向かう。


 速い。


 澪が追う。凪が潮目へ入る。

 でも複合流の中で軌道がずれた。


 陽がサインを出した。

 渚が一瞬遅れた。体が流れを掴めていない。

 尾道が拾う。ゴールゾーンへ。


 澪が体を張った。

 引きずられながら三秒を稼ぐ。

 凪が取り戻しにいく。


 でも間に合わなかった。


 青い光がゴールゾーンに沈んだ。


 スコア:尾道 3-三原中央 0


 颯が動いた。

 澪が右に出る。

 凪が左に回り込む。颯が一瞬止まった。


 そこだった。


 凪が潮目の出口に入った。

 颯の前に立った。

 颯が潮核を手放した。取られる前に手放した。


 尾道の選手が拾った。陽が追う。


 渚が動いた。

 流れに押し返されなかった。

 渚が止まった。そこだけ、水が噛み合っていた。


「渚! 右!」


 結の声が、水面で割れた。


 渚が右に動いた。

 潮核が流れてきた。拾う。ゼッケンが光る。


 尾道の選手が来る。


 渚が深く流した。

 沈みきらない。浮きすぎもしない。

 凪の手の高さに、潮核が流れてきた。


 凪が受け取った。ゴールゾーンへ。

 尾道の選手が間に合った。


 三秒タッチ。


 潮核が手から離れた。



第2ピリオド終了。


 スコア:尾道 3-三原中央 0


 渚が水面に上がってきた。


「複合流、少し分かりました」


 差は縮まっていなかった。

 スコアには残らなかった。


 でも、渚のゼッケンの赤は、一度だけ尾道水道の中で光った。


 凪は、その赤を見ていた。


 颯は、対岸でほとんど動かなかった。視線だけが水道を追っていた。

 凪は颯を見た。


 まだ、届いていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ