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潮球  作者: カミツキ
2年目の海

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23/101

第23話 石庭の夜

 地区予選四試合目を翌日に控えた練習後、片付けを終えても八人はすぐには帰ろうとせず、花がみんなを振り返った。


「明日、試合じゃろ。石庭行こ。連勝祝いも兼ねて」


 誰も断らず、そのまま高架下の店へ向かい、暖簾をくぐると、店主が花を見て目を細めた。


「また来たんか」

「座敷、使うけえね」


 八人で座敷へ上がると、目の前の鉄板では野菜と肉が音を立てて焼け、ポン酢の匂いが湯気に混じっていた。


 渚がメニューも見ずに顔を上げた。


「ご飯、大にしていいですか」

「毎回それ言うね」


 結が肩を揺らす横で、澪は焼けた野菜を食べながら芽衣を見た。


「竹原第一戦、止まらんかったね」

「風が強くて、波に揺られて、何度か沈みかけたんですよ。でも止まったら負けと思って」


 花が箸を止めた。


「誰に?」

「自分に」

「前も同じこと言っとったね」


 花が笑うと、芽衣は首をすくめた。


「また言いました」


 渚がイカの卵焼きを一口食べたところで、凪はその横顔を見た。


「あそこ、サインなしだったよね。なんで動けたの」


 渚は箸を止めた。


「分からないです。気づいたら動いてました」


 体が先に動く感覚なら、凪にもあった。


 でも、あのとき自分は三十まで数えていた。


 澪はポン酢にもみじおろしを入れながら、遥香へ目を向けた。


「遥香、最後の場面」

「最後の潮核で、相手が先に動いてて。誰も間に合わないと思って」


 花が焼けた肉を一口食べ、遥香の方を見た。


「水面担当が水中に入ったん?」

「誰かが止めないと、と思って。勝手に」


 しばらく鉄板の音だけが続いた。澪は焼けた肉を取り皿に入れながら、遥香へ目を向けた。


「誰かに言われたか」

「いえ」

「うちらもやったことがない」


 遥香が澪を見て、首を傾けた。


「まずかったですか」

「まずくはない。潮球は五人で動く競技じゃけえ、場所は決まっとらん」


 結は遥香を見たまま立ち上がり、抱きついた。


「え、ちょっと」

「毎日うちのこと見て成長したんじゃね」

「見てましたけど、みんな見てますよ」

「うちのことが好きじゃろ」

「そういう話じゃないです」


 遥香が苦笑いしながら、結の背中を軽く叩いた。


「結先輩、鉄板近いですよ」


 笑いが座敷に広がる中、渚はもう注文表へ目を戻していた。そのとき澪のスマホが鳴り、全員の視線がそちらへ集まると、澪は画面を開いたまましばらく黙っていた。


 鉄板の音だけが続いた。


「尾道」


 花が箸を置いた。


「会場は」


 澪がスマホを花に向けた。


 【試合会場】

 三原中央高校 vs 尾道高校

 会場:尾道水道区画C

 集合時刻:12:00


「尾道水道、最悪じゃ」


 花が天井を向いた。


「去年、8対2で負けた場所じゃ」


 芽衣がスマホを見たまま、箸を置いた。


「竹原第一の次が尾道ですか」


「そうじゃ」


 鉄板の肉はもうほとんど残っておらず、渚は追加で注文したイカの卵焼きを一口食べた。


「そんなに違うんですか」

「強い」


 澪がスマホを置いた。


「去年のうちらじゃない」


 澪がグラスを持った。


「八人おる」


 花が空いた皿を端へ寄せた。


「でも、去年みたいに離されたら、あとで響くけんね」


 渚がイカの卵焼きに醤油をかけた。


「向島颯って、どんな選手ですか」


 澪は鉄板へ目を落とした。


「速い。頭が回る。海を知り尽くしとる」

「澪さんの中学の」


 澪が水を飲んだ。


「そうじゃ」


 鉄板の音が、少し小さく聞こえた。


「明日は全員で戦う。水中も水面も、全員で」


 店を出ると、八人で夜の三原を港の方へ歩いた。遠くから造船所の音が届き、やがて見えてきた海にはフェリーターミナルの灯りが細く伸びていた。


 渚が凪の隣に並んだ。


「明日、楽しみですね」


 凪は水面を見た。


「怖くないの」

「ないです」


 渚の声に、迷いはなかった。


「うち、じいちゃんが漁師だったんです」


 凪の足が、少しだけ遅れた。


「三原港の?」

「いえ、糸崎です。小さいころ、よく船に乗せてもらって、釣りに連れていってもらいました」


 渚が少し笑った。


「海に入ると、落ち着くんです。なんでか分からないけど」


 凪は港を見た。フェリーターミナルの灯りが、波に揺れて細くほどけている。


 祖父も、漁師だった。


 渚はその海を見ながら、笑っていた。


 潮の匂いが夜風に乗ってきても、凪は水面から目を逸らさなかった。

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