第23話 石庭の夜
地区予選4試合目前日。
片付けを終えても、誰もすぐには帰ろうとしなかった。
花が全員を振り返った。
「明日、試合じゃろ。石庭行こ。連勝祝いも兼ねて」
誰も断らなかった。
高架下。
暖簾をくぐる。
店主が花を見て、目を細めた。
「また来たんか」
「座敷、使うけえね」
座敷に八人で入った。
目の前の鉄板に、野菜と肉が乗った。
ジュウジュウという音。ポン酢の匂い。
「ご飯、大にしていいですか」
渚がメニューも見ずに顔を上げた。
「毎回それ言うね」
結が肩を揺らした。
焼けた野菜を食べながら、澪が芽衣を見た。
「竹原第一戦、止まらんかったね」
芽衣が少し顔を上げた。
「風が強くて、波に揺られて、何度か沈みかけたんですよ。でも止まったら負けと思って」
花が箸を止めた。
「誰に?」
「自分に」
「前も同じこと言っとったね」
花が少し笑った。
「また言いました」
芽衣が首をすくめた。
渚がイカの卵焼きを一口食べて、凪を見た。
「あそこ、サインなしでしたよね。なんで動けたんですか」
凪が焼けた野菜を取り皿に入れた。
「分からない。気づいたら手が届いてて」
体が先に動いた、という感覚は知っていた。
澪がポン酢にもみじおろしを入れた。
「遥香、最後の場面」
「芽衣さんが上がったとき、相手がゴールへ向かってて、間に合わないと思って。」
花が焼けた肉を一口食べた。
「水面担当が水中に入ったん?」
「誰かが止めないと、と思って。勝手に」
しばらく鉄板の音だけが続いた。
澪が焼けた肉を取り皿に入れた。
「誰かに言われたか」
「いえ」
「うちらもやったことがない」
遥香が少し首を傾けた。
「まずかったですか」
「まずくはない。潮球は五人で動く競技じゃけえ、場所は決まっとらん」
結が遥香を見ていた。
そのまま立ち上がって、遥香に抱きついた。
「え、ちょっと」
「毎日うちのこと見て成長したんじゃね」
「見てましたけど、みんな見てますよ」
「うちのことが好きじゃろ」
「そういう話じゃないです」
遥香が苦笑いしながら、結の背中を軽く叩いた。
「結先輩、鉄板近いですよ」
全員が笑った。渚が注文表を見ていた。
ポン酢の匂いが、座敷に広がっていた。
そのとき、澪のスマホが鳴った。
全員が澪を見た。
澪がスマホを開いた。しばらく、画面を見ていた。
鉄板の音だけが続いた。
「尾道」
花が箸を置いた。
「会場は」
澪がスマホを花に向けた。
【試合会場】
三原中央高校 vs 尾道高校
会場:尾道水道区画C
集合時刻:12:00
「尾道水道、最悪じゃ」
花が天井を向いた。
「去年、8対2で負けた場所じゃ」
芽衣がスマホを見たまま、箸を置いた。
「竹原第一の次が尾道ですか」
「そうじゃ」
肉がもうほとんど残っていなかった。
渚が追加で注文したイカの卵焼きを一口食べた。
「そんなに違うんですか」
「強い」
澪がスマホを置いた。
「去年のうちらじゃない」
澪がグラスを持った。
「八人おる」
花が空いた皿を端へ寄せた。
「でも、去年みたいに離されたら、あとで響くけんね」
渚がイカの卵焼きに醤油をかけた。
「向島颯って、どんな選手ですか」
澪が少し鉄板を見ていた。
「速い。頭が回る。海を知り尽くしとる」
「澪さんの中学の」
澪が水を飲んだ。
「そうじゃ」
鉄板の音が、少し小さく聞こえた。
「明日は全員で戦う。水中も水面も、全員で」
帰り道。
八人で夜の三原を歩いた。造船所の音が遠くから届いてくる。
港が見えてきた。夜の瀬戸内。
フェリーターミナルの灯りが、水面に伸びていた。
渚が凪の隣に並んだ。
「明日、楽しみですね」
凪は水面を見た。
「怖くないの」
「ないです」
渚の声に、迷いはなかった。
「うち、じいちゃんが漁師だったんです」
凪の足が、少しだけ遅れた。
「三原港の?」
「いえ、糸崎です。小さいころ、よく船に乗せてもらって、釣りに連れていってもらいました」
渚が少し笑った。
「海に入ると、落ち着くんです。なんでか分からないけど」
凪は港を見た。
同じだ、と思った。
でも、全部が違った。
潮の匂いが、夜風に乗ってきた。




