第21話 島の流れ
試合前日の夜、練習終わり。
花と結衣は近所の公園にいた。
花がアプリを開いた。
【試合会場】
三原中央高校 vs 大崎上島高校
会場:生口島沖区画A
集合時刻:12:00
「生口島か。島の海じゃね」
結衣が隣で覗き込んだ。
「向こうが有利なんですか?」
花が顔を上げた。暗い公園の奥を、見つめていた。
「わからん。じゃけど、芸予諸島じゃけうちらよりは慣れとるじゃろうね」
公園の木々が、夜風に揺れた。
試合当日。
フェリーで生口島へ渡った。
島が近づくにつれて、海の色が変わった。
遥香が欄干に手をかけた。
「なんか、三原と違う」
「島と島の間を流れが走る。ぶつかって、向きが変わる」
フェリーの跡が、途中で少し曲がった。
遥香がそれを目で追った。
「向こうでは、こういう島の間の流れは見なかったです」
遥香の指先が、欄干をゆっくりなぞった。
渚が凪の隣に来た。
「流れ、読めますか?」
「大体は。でも生口島は初めてだから、入ってみないと分からない部分もある」
渚が少し首を傾けた。
「正直ですね」
結衣が手すりから身を乗り出し、すぐに少し後ずさった。
「花先輩……ここ、海ですよね? 川みたいに水が走ってますけど」
「こりゃ体力勝負になるかもしれん」
花の言葉をかき消すように、生口島へ近づくフェリーの汽笛が鳴った。
審判がボードを掲げた。
【本日の潮況】
時刻:13:00
方向:複合流 東→西主体
特記:北側に潮目あり
潮止まり不規則
大崎上島の五人が、ボードを見て頷き合った。
木江が先頭に立っていた。
小柄で、静かな目をしていた。合宿のときと同じ目だった。
凪は水面に手を当てた。
複合流。生口島の北側に潮目がある。潮止まりが不規則。
どこで止まるか、その都度読まないといけない。
「澪さん、今日はCパターンを基本にした方がいいと思います。潮止まりの位置が試合中に変わる可能性があるので」
「そうじゃ」
澪が全員を見渡した。
「木江の動きを見て合わせろ。Cパターン基本じゃ」
渚がベンチで頷いた。
試合開始の笛が鳴った。
先発の五人がフィールドへ入った。
大崎上島が動いた。速かった。
複合流の中を、迷いなく泳いでいる。
三原中央が読もうとした瞬間には、もう違う場所にいた。
木江汐が中央に出てきた。
ゆっくりと、でも確実に。
凪が水中で木江を追った。流れの切れ目を使っている。
でも、どこの切れ目か体が追いつかない。
木江が潮核を拾った。ゼッケンが光る。
凪が追った。
「境目、越える!」
結の声が水面から飛んだ。
木江は複合流の中に消えていった。
潮目の境界線を越えて、向こう側へ。
青い光。ブザー。
スコア:大崎上島 1-三原中央 0
インターバル。
澪が海を振り返った。
「木江の動きを見ろ。どの流れを使っとるか」
結が凪の隣に来た。
「木江さん、合宿で変わったね」
「うん。合宿が、あの子を変えた」
「じゃあ、うちらも合宿で変わっとるはずじゃん」
凪は結を見た。
そうだった。向こうだけじゃない。
第2ピリオド。
凪は木江を見ていた。
潮目が動くたびに使う層が変わる。
読もうとしても、切り替わりの方が速かった。
三原中央が動き始めた。
凪が動いた。知らない海だった。
でも水温の変化。泡の向き。体が先に動いた。
凪が止まった。
澪が凪の動きを見ていた。
凪が右手を横に動かした。即興のサイン。
「右、空く!」
結の声が重なった。
澪が右へ動いた。
潮核が流れ込んでくる。
澪が拾った。ゼッケンが光った。
大崎上島の選手が来る。
澪が深く流した。
「花、前!」
花が受け取った。ゴールゾーンへ。
赤い光。ブザー。
スコア:大崎上島 1-三原中央 1
インターバル。
澪が上がった。渚と交代した。
「結、遥香も交代させる」
結が遥香の方を向いた。
何か言おうとして、口をつぐんだ。
「行っておいで」
遥香が頷いた。
第3ピリオド。
遥香が、結と入れ替わって水面に残った。
渚が加わり、凪、花、陽、渚の四人が海中で散った。
木江が再び動いた。
今度は凪が追いついた。
複合流の中で、二人が並んだ。
木江が凪を見た。
ゴーグル越しに、目が合った。
遥香が水面から身を乗り出した。
「右です!」
声は出た。
でも、凪はもう潜っていた。
遥香の指が、少し遅れて潮目を指した。
凪が先に動いた。
潮目の境界線へ。
木江も同じ方向に動いていた。
同じ潮目を、同じタイミングで読んでいた。
二人が同じ流れに入った。並んで、同じ速さで、同じ場所へ向かっていた。
凪の手が、考えるより先に伸びていた。
木江の手も、同時に伸びていた。
凪の指が、ほんの少しだけ早かった。
ゼッケンが光る。
深く流す。渚へ。
渚が受け取った。
少しだけ体勢が崩れた。
でも、手は離さなかった。
赤い光。ブザー。
スコア:大崎上島 1-三原中央 2
水面に上がったとき、木江が凪の隣に来た。
荒い息の中で、目が合った。
木江の口角が、少しだけ上がっていた。
凪は、無言で頷き返した。
第3ピリオド終了の笛が鳴った。
第4ピリオド。
遥香は水面から全員を追っていた。
凪。
渚。
花。
陽。
視線が戻ったときには、渚の背中にもう大崎上島の選手がいた。
「右……」
遥香が声を出した。
でも一拍遅れた。
大崎上島の選手がすでに潮核を拾っていた。
遥香の視線が、ベンチの結を探した。
青い光。ブザー。
スコア:大崎上島 2-三原中央 2
渚と木江の近くに潮核が一つ。
同時に動いた。速さは互角だった。
渚が止まった。一瞬だけ。
流れが変わっていた。渚が方向を変えた。
木江が直線で向かっていた潮核が、流れに乗って右へ曲がった。
渚が待っていた場所に、流れてきた。
渚が拾った。ゼッケンが光る。
深く流す。
ちょうどいい深さ。
流れに乗る。凪へ。
凪が受け取った。
そのまま、ゴールゾーンへ飛び込んだ。
赤い光。ブザー。
試合終了の笛。
スコア:大崎上島 2-三原中央 3
「勝ったん!」
結の声が海に響いた。
花が小さく息を吐いた。
「勝った」
遥香は水面に残ったまま、動かなかった。
渚が水面に浮かんだまま、空を見ていた。
凪は無言で、渚の横顔を見ていた。
帰りのフェリー。
デッキに出ると、澪がスマホを見ていた。
「澪さん?」
澪が凪にスマホを向けた。潮球運営委員会アプリの速報欄だった。
【試合結果】
忠海中央高校 0 - 1 西条付属高校
凪は画面を見た。
「西条が」
「鏡山が言っとったじゃろ」
澪が港の方を向いた。
「海に行く理由が増えたって」
少し離れた場所で、遥香が海を見ていた。
結が歩み寄り、隣に立った。
フェリーが三原港へ向かっていた。島と島の間を、潮流が走っていた。




