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潮球  作者: カミツキ
2年目の海

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21/38

第21話 島の流れ

試合前日の夜、練習終わり。


 花と結衣は近所の公園にいた。


 花がアプリを開いた。


 【試合会場】

 三原中央高校 vs 大崎上島高校

 会場:生口島沖区画A

 集合時刻:12:00


生口島いくちじまか。島の海じゃね」


 結衣が隣で覗き込んだ。


「向こうが有利なんですか?」


 花が顔を上げた。暗い公園の奥を、見つめていた。


「わからん。じゃけど、芸予諸島げいよしょとうじゃけうちらよりは慣れとるじゃろうね」


 公園の木々が、夜風に揺れた。



試合当日。


 フェリーで生口島へ渡った。


 島が近づくにつれて、海の色が変わった。


 遥香が欄干に手をかけた。


「なんか、三原と違う」


「島と島の間を流れが走る。ぶつかって、向きが変わる」


 フェリーの跡が、途中で少し曲がった。


 遥香がそれを目で追った。


「向こうでは、こういう島の間の流れは見なかったです」


 遥香の指先が、欄干をゆっくりなぞった。


 渚が凪の隣に来た。


「流れ、読めますか?」


「大体は。でも生口島は初めてだから、入ってみないと分からない部分もある」


 渚が少し首を傾けた。


「正直ですね」


 結衣が手すりから身を乗り出し、すぐに少し後ずさった。


「花先輩……ここ、海ですよね? 川みたいに水が走ってますけど」


「こりゃ体力勝負になるかもしれん」


 花の言葉をかき消すように、生口島へ近づくフェリーの汽笛が鳴った。



 審判がボードを掲げた。


  【本日の潮況】

  時刻:13:00

  方向:複合流 東→西主体

  特記:北側に潮目あり

     潮止まり不規則


 大崎上島の五人が、ボードを見て頷き合った。


 木江が先頭に立っていた。

 小柄で、静かな目をしていた。合宿のときと同じ目だった。


 凪は水面に手を当てた。

 複合流。生口島の北側に潮目がある。潮止まりが不規則。

 どこで止まるか、その都度読まないといけない。


「澪さん、今日はCパターンを基本にした方がいいと思います。潮止まりの位置が試合中に変わる可能性があるので」


「そうじゃ」


 澪が全員を見渡した。


「木江の動きを見て合わせろ。Cパターン基本じゃ」


 渚がベンチで頷いた。



試合開始の笛が鳴った。


 先発の五人がフィールドへ入った。


 大崎上島が動いた。速かった。


 複合流の中を、迷いなく泳いでいる。

 三原中央が読もうとした瞬間には、もう違う場所にいた。


 木江汐が中央に出てきた。

 ゆっくりと、でも確実に。


 凪が水中で木江を追った。流れの切れ目を使っている。


 でも、どこの切れ目か体が追いつかない。


 木江が潮核を拾った。ゼッケンが光る。


 凪が追った。


「境目、越える!」


 結の声が水面から飛んだ。


 木江は複合流の中に消えていった。

 潮目の境界線を越えて、向こう側へ。


 青い光。ブザー。


 スコア:大崎上島 1-三原中央 0



インターバル。


 澪が海を振り返った。


「木江の動きを見ろ。どの流れを使っとるか」


 結が凪の隣に来た。


「木江さん、合宿で変わったね」


「うん。合宿が、あの子を変えた」


「じゃあ、うちらも合宿で変わっとるはずじゃん」


 凪は結を見た。

 そうだった。向こうだけじゃない。



第2ピリオド。


 凪は木江を見ていた。

 潮目が動くたびに使う層が変わる。

 読もうとしても、切り替わりの方が速かった。


 三原中央が動き始めた。

 凪が動いた。知らない海だった。


 でも水温の変化。泡の向き。体が先に動いた。


 凪が止まった。

 澪が凪の動きを見ていた。

 凪が右手を横に動かした。即興のサイン。


「右、空く!」


 結の声が重なった。


 澪が右へ動いた。


 潮核が流れ込んでくる。

 澪が拾った。ゼッケンが光った。


 大崎上島の選手が来る。

 澪が深く流した。


「花、前!」


 花が受け取った。ゴールゾーンへ。


 赤い光。ブザー。


 スコア:大崎上島 1-三原中央 1



インターバル。


 澪が上がった。渚と交代した。


「結、遥香も交代させる」


 結が遥香の方を向いた。


 何か言おうとして、口をつぐんだ。


「行っておいで」


 遥香が頷いた。



第3ピリオド。


 遥香が、結と入れ替わって水面に残った。

 渚が加わり、凪、花、陽、渚の四人が海中で散った。


 木江が再び動いた。

 今度は凪が追いついた。


 複合流の中で、二人が並んだ。

 木江が凪を見た。

 ゴーグル越しに、目が合った。


 遥香が水面から身を乗り出した。


「右です!」


 声は出た。

 でも、凪はもう潜っていた。


 遥香の指が、少し遅れて潮目を指した。


 凪が先に動いた。

 潮目の境界線へ。


 木江も同じ方向に動いていた。


 同じ潮目を、同じタイミングで読んでいた。

 二人が同じ流れに入った。並んで、同じ速さで、同じ場所へ向かっていた。


 凪の手が、考えるより先に伸びていた。


 木江の手も、同時に伸びていた。


 凪の指が、ほんの少しだけ早かった。


 ゼッケンが光る。

 深く流す。渚へ。


 渚が受け取った。

 少しだけ体勢が崩れた。

 でも、手は離さなかった。


 赤い光。ブザー。


 スコア:大崎上島 1-三原中央 2


 水面に上がったとき、木江が凪の隣に来た。

 荒い息の中で、目が合った。

 木江の口角が、少しだけ上がっていた。

 凪は、無言で頷き返した。


 第3ピリオド終了の笛が鳴った。



第4ピリオド。


 遥香は水面から全員を追っていた。


 凪。

 渚。

 花。

 陽。


 視線が戻ったときには、渚の背中にもう大崎上島の選手がいた。


「右……」


 遥香が声を出した。

 でも一拍遅れた。


 大崎上島の選手がすでに潮核を拾っていた。

 遥香の視線が、ベンチの結を探した。


 青い光。ブザー。


 スコア:大崎上島 2-三原中央 2


 渚と木江の近くに潮核が一つ。


 同時に動いた。速さは互角だった。


 渚が止まった。一瞬だけ。


 流れが変わっていた。渚が方向を変えた。


 木江が直線で向かっていた潮核が、流れに乗って右へ曲がった。

 渚が待っていた場所に、流れてきた。


 渚が拾った。ゼッケンが光る。


 深く流す。

 ちょうどいい深さ。

 流れに乗る。凪へ。


 凪が受け取った。

 そのまま、ゴールゾーンへ飛び込んだ。


 赤い光。ブザー。


 試合終了の笛。


 スコア:大崎上島 2-三原中央 3


「勝ったん!」


 結の声が海に響いた。

 花が小さく息を吐いた。


「勝った」


 遥香は水面に残ったまま、動かなかった。

 渚が水面に浮かんだまま、空を見ていた。

 凪は無言で、渚の横顔を見ていた。



帰りのフェリー。


 デッキに出ると、澪がスマホを見ていた。


「澪さん?」


 澪が凪にスマホを向けた。潮球運営委員会アプリの速報欄だった。


【試合結果】

 忠海中央高校 0 - 1 西条付属高校


 凪は画面を見た。


「西条が」


「鏡山が言っとったじゃろ」


 澪が港の方を向いた。


「海に行く理由が増えたって」


 少し離れた場所で、遥香が海を見ていた。

 結が歩み寄り、隣に立った。


 フェリーが三原港へ向かっていた。島と島の間を、潮流が走っていた。

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