第19話 八人で上る
4月の終わり。
やっさ祭りまで、まだ三ヶ月以上ある。
でも三原の空気は、もう完全に春だった。
練習が終わった後、花が荷物を肩にかけた。
「八幡宮、行くぞ。必勝祈願」
去年も行った。五人で。今年は、八人だった。
駅の裏から歩いた。商店街を抜ける。春の花が咲いていた。
大きな鳥居が見えてきた。
長い石段の前に、八人が立った。
遥香の足が止まった。
「長い」
結が肩を揺らした。
「去年も同じこと言ったやつがおった」
花が先頭に立った。結衣がすぐ後ろについた。
渚が身を乗り出すように石段を上り始めた。
「意外と長いですね」
凪は最後に続いた。
一段一段、去年より重かった。
随神門をくぐった。本殿の前に、八人が並んだ。
花が一番先に手を合わせた。長かった。目が少し赤かった。
「ばあちゃんの分も祈った」
結衣が花の隣に立った。背筋が伸びていた。
渚がさっと手を合わせた。三秒くらいで終わった。
「短くない?」
花が眉を上げた。
「気持ちは込めました」
渚が胸を張った。
遥香が長く手を合わせた。
静岡を離れてここまで来た子が、三原の神社で何を祈っているのか、凪には分からなかった。
陽が無言で手を合わせた。澪が続いた。
凪は、澪の手が下がるまで少し時間がかかったことに気づいた。
凪が最後に本殿の前に立った。手を合わせた。目を閉じた。
去年はおじいちゃんのことだけ祈った。今年は、もう一つあった。
参拝が終わった後、境内の奥へ歩いた。
高台から、三原の街並みが全部見えた。
港も、海も、フェリーターミナルも、大三島の稜線も。
遥香が一歩前に出た。
「うわ。静岡でこんな景色、見たことないです」
「瀬戸内じゃけんね」
花が当たり前の顔をしていた。
結衣は海を見たまま動かなかった。
「……あそこで泳ぐんですね」
「そうじゃ。あそこが、うちらの海じゃ」
澪の声が、海の方へ向いていた。
渚が身を乗り出した。
「流れ、ここからでも分かりますよ。東から西に流れてる」
凪は渚を見た。
何かが引っかかった。まだ言葉にならなかった。
石段を下りた。商店街を抜けた。
「今年は絶対に地区大会に出る」
花が前を向いたまま歩いていた。
結衣が花の背中を見つめた。
「頑張ります」
「頑張るじゃなくて。出る、じゃ」
結衣の足が、一瞬止まった。それから、また動き出した。
「……出ます」
澪が前を向いたまま、少し笑った。
石畳の上に、八人分の足音が続いていた。
去年より、少しだけ大きな音だった。




