第18話 教える側になった
4月。
八人が練習区画に集まった。
五人のときより、人が多い。当たり前だけど少し違う空気だった。
新入生三人が、海を見ていた。
波打ち際に立つ結衣の肩が、強張ったまま動かない。
そのすぐ横で、バシャ、と水音がした。
渚の足先が、待ちきれないように浅瀬の水を蹴っていた。
「太平洋と全然違う」
二人から少し引いた場所で、遥香が静かに海面を見つめていた。
凪が遥香の隣に立った。
「太平洋と違いますか」
遥香は、海面から目を離さなかった。
「流れはあんまりわからないけど」
遥香が少し考えた。
「向こうの島まで泳いでいけそうですね」
凪は少し笑った。
澪が全員を集めた。
「まずルールを説明する。凪、頼む」
凪が前に出た。
「渚は知っていると思うけど、潮球は潮核を拾ってゴールゾーンに沈める競技です。パスは潮流のみ、空中に投げるのはダメです」
凪は自分の手袋を少し持ち上げた。
「潮核に触れると、手袋のセンサーが反応してゼッケンが光ります。光っている間が持球中です」
渚が黙って頷いた。体で確かめたそうな目をしていた。
遥香が手を挙げた。
「ゼッケンに三秒触られると、保持が切れるんですよね」
「そうです。よく知ってますね」
「調べてきました」
澪が凪を見た。凪は頷いた。
花が結衣を連れて海に入った。
「まず怖くないか確認する。入れるか?」
震えていた。でも足を止めなかった。
「入ります」
「ええじゃん」
花の口角が少し上がった。
「うちも最初そうじゃったけん」
水に入った結衣は、すぐにフォームが崩れた。
水を飲んだ。それでも止まらなかった。
花は何も言わなかった。
ただ、隣で泳いだ。
結は遥香を水面側に残した。
「遥香は水面担当からやってもらう」
「水中じゃないんですか?」
「水面から見える景色が、水中とは全然違う。まずそれを知ってほしい」
遥香が水面から全体を見渡した。
「確かに。全部見えます」
「でしょ」
結が笑った。
凪が渚の隣に立とうとした。
視線を向けたときには、渚はもう水の中にいた。
「早いですね」
「体が動いちゃって」
渚が軽く泳いだ。
「あれ、この流れ」
渚が止まった。水中で何かを感じているようだった。
「今、何を感じましたか」
「流れが、右に向いてる気がして」
「正解です」
凪は渚を見ながら少し考えた。
陽が新入生三人の前に立った。
ゆっくり、サインを実演した。
左手を上に。流れが変わる。
右手を横に。深い層に流れが来ている。
両手を下に。浅瀬の流れが速い。
結衣が真剣な目で陽を見た。
渚は見るより先に真似していた。
「こうですか?」
遥香は一度見て、静かに覚えた。
陽が渚を見た。
「速いな」
「体で覚えた方が早いんで」
陽がしばらく渚を見ていた。
泳ぎ続ける渚を見て小さく頷いた。
結衣は浅瀬で潮核を流す動作を何度も繰り返した。
失敗しても、すぐに次の潮核を拾いにいく。
また繰り返す。また失敗する。また繰り返す。
渚は説明の途中で体が動く。雑だった。
でも、何かが確かにそこにあった。
遥香が水面から声をかけた。
「あそこに流れが来ます」
「それ正しい」
結が両手を上げて丸を作った。
澪が全体を見ながら、凪を見る。
「三人とも、何かを持っとる」
凪は三人を見た。答えなかった。
練習が終わった。
「歓迎会に来々軒行こ」
花が先に歩き出した。
「八人は無理じゃろ」
花が少し考えた。
「じゃあ石庭にしよ。おばあちゃんと行ったことあるんよ。座敷があるけん八人入れる」
高架下。
来々軒から歩いてすぐ。
暖簾をくぐると、目の前に大きな鉄板があった。
店主が手際よく野菜と肉を焼いていた。
ジュウジュウという音。ポン酢の匂い。
「なんですかこれ、すごい量」
遥香が鉄板を見つめた。
「ほんまに!?これで千円ちょっと?」
結衣が身を乗り出す。
「ご飯、大にしていいですか」
渚はもうメニューを見ていた。
先輩五人が笑った。
「大にしいや、後悔せんけん」
奥の座敷に案内された。八人で長机を囲んだ。
卓上のガスコンロに、熱い鉄板が運ばれてきた。
野菜が山盛りで出てきた。
キャベツ、もやし、玉ねぎ、ネギ。牛・豚・鶏の三種類の肉。イカの卵焼き。
「いただきます」
全員の声が重なった。
花が食べながら結衣を見た。
「今日、止まらんかったね」
「止まったら負けと思って」
「誰に?」
「自分に」
花が少し笑った。
「ええね」
渚は大盛りご飯をかき込んでいた。
「潮球って、センスいるんですか?」
凪が少し考えた。
「そんなことないと思うよ」
「じゃあ大丈夫です」
渚は焼けた肉を口に運んだ。
花が、頬張る渚を見た。
「できんかったら何十回でも何百回でも練習すりゃええ」
遥香は取り皿を見ていた。
「太平洋と全然違うんですけど、なんか、好きになりそうです」
鉄板の上で、野菜と肉が焼けていた。
「イカの卵焼きおいしい」
陽の箸が止まらなかった。




