第16話 だるまと春の前
二月。
三原駅の改札を出た瞬間、人だらけだった。
やっさ祭りとは違う。規模が違う。どこまでも露店が続いていた。
揚げ物の匂い。植木の匂い。
全国から集まった人の声が、駅前を埋め尽くしていた。
「すごい人じゃね」
結が足を止めた。
「30万人くらい来るらしいけんね」
花は前を向いて歩いていた。
陽はすでに露店の方を見ていた。
「……はしまき」
露店が続く通りを歩いた。
植木。苗木。食べ物。縁起物。
鉢の土の匂いと、鉄板の焦げる匂いが、同じ通りに混じっていた。
陽が、買ったばかりのはしまきを片手に、植木の前で止まった。
「陽、植木好きなん?」
結が顔を覗き込んだ。
「好きじゃ」
「そうなん?意外じゃね。あとで見る?」
結は言いながら、もう次の露店を見ていた。
陽は少しだけ立ち止まってから、ついてきた。
人の頭の向こうに、大きな赤い顔が見えてきた。
「相変わらずでっか」
花の足が止まった。
結が首を伸ばした。
「あれ、もっと顔怖かった気がする」
「覚えとらんよ」
屋台から上がる白い煙が、人の頭上を流れていた。
だるまを売る露店の前に、五人が立った。
「かわいい!」
露店に並ぶ無数のだるまを前に、結がすぐ一つを抱え込んだ。
その隣で、澪もすでにだるまを手にしていた。
陽は持ち上げては重さを確かめ、無言のまま何個も見比べている。
凪も小さなだるまを取っては戻した。
「また来たんか」
花が馴染みの店主と笑い合っていた。
「毎年じゃけん」
結がだるまを小脇に抱える澪を見た。
「背中に何書く?」
「部室に飾るけんね。何を書くかは、それぞれで」
しばらく歩いた後、花が立ち止まった。
「ちょっと待って。おばあちゃんのだるまも買ってくる」
花は元来た方向に戻って、さっきの露店に向かった。
少しして、花がもう一つだるまを抱えて戻ってきた。
五人は露店を抜けて、港の方へ歩いた。
人が少なくなった。潮の匂いが戻ってきた。
「新入生、何人来るんかな」
結が冬の澄んだ空を見上げた。
「分からん。でも来たら育てる」
港へ向かう石畳の上、澪の足音だけが一定のリズムを刻んでいる。
「うちらが後輩に教える側か」
花が買ったばかりのだるまを、小脇に抱え直した。
「まず自分らが迷子にならんようにせんと」
結がスマホで4人の写真を撮った。
「それはそう」
凪は海を眺めた。
「去年の春、澪さんに声をかけられた場所、まだあるかな」
水面は静かだった。
でも、合宿で見た水とは全然違った。
同じ場所に見えて、次の波で少し形が変わる。
「あるじゃろ。港じゃけんね」
陽の足が、一瞬だけ遅くなった。
「次は、勝つけんな」
港の石畳に、五人分の足音だけが続いた。
三原港が見えてきた。冬の海。
光が少しだけ変わってきていた。
空の色が、十二月とは違う。
凪はだるまを抱えたまま、海を見た。
フェリーの汽笛が、沖から届いた。
※本話の神明祭に関する描写は、公開情報を参考にしています。
物語上、人物・会話・細部の流れは創作として調整しています。




