第15話 水面から見えたもの
瀬戸内潮球センターでの合宿6日目の朝。
練習の空気が変わっていた。
全チームが明日の練習試合を意識していた。
話す声が少し小さくなっていた。
動きに、緊張とは違う集中が混じっていた。
三原中央はCパターンを中心に動いていた。
屋内の流れに完全に慣れたとは言えない。
でも、初日より止まらなくなっていた。
結の声が、今日も安定していた。
誰かが息継ぎに上がるたび、短い声が飛ぶ。
「左!」
「そこ!」
「深く!」
澪が全員を集めた。
「あの竹原第一との引き分け、覚えとるか。サインが読まれた試合じゃ」
「覚えとる」
花が前を向いた。
「あのとき三原中央は成長途中じゃった。明日は、どこまで来たか確かめる試合じゃ」
最終日。
施設に朝の光が差し込んでいた。
天井が高い。水が澄んでいる。
もう初日のような戸惑いはなかった。
竹原第一が準備をしていた。
結が竹原第一の選手を見ていた。
「あっちも強くなっとるね」
澪が隣で前を向いた。
「こっちも強くなっとる。始めるぞ」
澪が先に歩き出した。
試合開始。
序盤は拮抗した。
互いに相手の動きを探りながら、ゆっくりと潮核へ向かっていく。
竹原第一が先に動いた。
機械の流れを上手く使って、第二潮核を拾う。
規則的な流れに完全に乗った動きで、ゴールゾーンへ一直線だ。
澪が追う。三秒タッチ、間に合わなかった。
青い光。ブザー。
スコア:竹原第一 1 - 三原中央 0
竹原第一の青い光を見届け、花がにやりと口角を上げた。
「やるね。成長しとる」
「焦るな」
澪の声は揺れなかった。
第2ピリオド。
竹原第一が三原中央のサインを読み始めた。
合宿中の動きを読まれていた。
Aパターンの動きに先回りしてくる。
澪が水面に顔を出した。
陽のサインが変わった。
Bパターン。
でも、切り替えが一瞬遅れた。
竹原第一がその隙を突いた。
もう1点入れられた。
第2ピリオド終了。スコア:竹原第一 2 - 三原中央 0
「読まれとる」
花の声が低くなった。
「Cパターン。全員個人判断」
澪が結の肩にそっと手を置いた。
「結、今日は特に頼む」
結が頷いた。いつもより深く。
第3ピリオド。
Cパターン。
凪が動いた。規則的な流れの中で、遅い層を探す。
水温はどこも同じ。泡もない。
でも、流れのリズムの隙間に、少しだけ動きが変わる場所があった。
凪が潮核を拾った。
ゼッケンが光った。
深く沈めたあと、息継ぎに浮いた。
「違う!跳ね返る!右!花!」
結の声が飛んだ。
(跳ね返る?)
体が先に動いた。澪が右へ。花が右へ。
潮核が流れていく。
水面近くで、流れの境目に当たった。軌道が変わった。左ではなく、右に。
花が右で待っていた。受け取った。
でも体勢が悪かった。前に竹原第一の選手が入っていた。
「花!」
結の声。
花が動いた。
進路を塞がれても、足は止まらなかった。
ゼッケンに手が伸びた。
その前に、花の手が沈んだ。
赤い光。ブザー。
スコア:竹原第一 2 - 三原中央 1
第3ピリオドの終わり際。
陽が短く浮いた。
結の指が、すぐに奥へ伸びる。
「奥!」
陽が潜った。
澪が受け取った。
赤い光が沈んだ。
第3ピリオド終了。
スコア:竹原第一 2 - 三原中央 2
凪が結に近づいた。
「さっきの、どこで分かったの」
「潮核が境目で跳ねたんよ。水面からじゃけ見えた」
第4ピリオド。
陽が指を動かした。
決められたサインではなかった。
その場の流れだけを読んだ、短い合図。
凪が反応した。
潮核へは行かない。少しだけ手前で止まる。
竹原第一の選手が、凪の動きにつられた。
半歩、前に出る。
その半歩で、奥が空いた。
息継ぎに上がった花へ、結の声が飛ぶ。
「奥!今!」
花が潜った。
潮核には触らない。
竹原第一が通りたい線だけを、先に消した。
陽が流した潮核が、凪の横を抜けた。
凪は触らなかった。
その先に、澪がいた。
竹原第一の選手が追った。
でも、一拍遅い。
澪の手が、潮核を受け取った。
そのまま、ゴールゾーンの底へ沈めた。
赤い光が沈んだ。
スコア:竹原第一 2 - 三原中央 3
竹原第一の選手が、水面で一瞬だけ止まった。
視線が、澪から凪へ、凪から陽へ遅れて動いた。
結の指は、もう次の潮核へ伸びていた。
花が息を吸って、すぐに潜る。
陽の指が短く動いた。
決められたサインではない。
でも、凪の体は先に右へ流れていた。
「右!」
息継ぎの一瞬に、結の声が重なった。
竹原第一の選手が追う。
一拍、遅い。
花が前に出た。
潮核には触らない。
竹原第一が通りたい線だけを、先に消した。
澪のゼッケンが赤く光った。
潮核が、ゴールゾーンの底へ真っ直ぐに沈んでいく。
赤い光。
スコア:竹原第一 2 - 三原中央 4
試合終了の笛。
「勝った。屋内で勝った」
花が水面を叩いた。
結が両手を上げた。声は出なかった。
陽の口元が、少しだけ緩んでいた。
澪が全員を見渡した。
「三原に帰っても続けるぞ」
試合後。チームが片付けをしていた。
鏡山が凪に近づいてきた。
「一週間、ありがとう」
「こちらこそ。鏡山さんは、この一週間どうでしたか」
鏡山が少し考えた。
「海の選手の動きを、近くで見られたけんね。色々、分かった」
凪は鏡山を見た。
機械の水音が、足元で一定に続いていた。
「海に行く理由が、少し増えた気がする」
「来年の公式戦、楽しみにしています」
「負けるけどね」
鏡山が笑った。
「でも、去年よりはマシな試合になるよ」
帰りのバス。
窓の外の景色が逆に流れる。
山が消えていく。海が近づいてくる。
「来々軒、今日行こ」
花が座席から身を乗り出した。
「帰ってすぐ?」
澪が前の席から振り返った。
「予約しとったけん」
海が見えてきた。
結が窓に額をくっつけた。
「海、やっぱりいいね」
三原の港が、見えてきた。




