第13話 知らない海の、外で
十二月下旬、冬休みに入った凪たちは朝の三原駅前のバス停に集まっていた。
花が荷物を持ち直した。
「長いな。一週間」
結が身を乗り出した。
「楽しみじゃん!合宿って初めてじゃけん」
陽が無言で荷物を肩にかけた。
澪は前を向いたままだった。
「屋内施設での練習がメインじゃ。今週で、あの水に体を慣らす」
凪がバス停の向こうへ目をやると、港の先に冬の瀬戸内が見えた。海は暗く澄み、波も低かった。
西条行きのバスに乗ると、一週間分の荷物を足元へ押し込んだ。窓の外では港が後ろへ流れ、やがて海が見えなくなって山が増えていく。
花が窓にもたれた。
「なんか遠い気がする」
結が前の席から振り返った。
「三原から1時間じゃけんね」
凪は窓の外を見ていた。
「でも海がなくなると、もっと遠く感じるね」
陽がポケットを探った。
「グミ、ない」
瀬戸内潮球センターへ着くと、前回来たときとは違って水面の周りに他校の選手が集まっていた。竹原第一と大崎上島、それに施設を使う西条付属もいる。
鏡山が全員の前に立った。
「集まってくれてありがとう。うちの施設を使ってもらえれば嬉しいです。一週間、よろしくお願いします」
花が凪に身を寄せた。
「島の子ら、うちらと同じ顔しとる」
大崎上島の選手たちは水面に触れては首を傾げ、施設の中を見回していた。
練習が始まると、機械の潮流は前回と同じ一定の音を立てていた。潜っても水温は変わらず、泡もない。
読めない。
それでも凪は、前回のように手がかりを探して深く潜り続けなかった。足首へ当たる一定の水圧だけを確かめ、次の潮核へ身体を向ける。
大崎上島の選手たちは何度も天井を見上げ、水面の端へ寄っては壁の方を確かめていた。その横では竹原第一が早くも機械の流れに合わせ、西条付属は最初から迷わず潮核へ向かっていた。
休憩に入って凪たちが水面へ集まると、結が大崎上島の方を見た。
「大崎上島、ずっと端見とるね」
花がゴーグルを付け直した。
「島陰見る癖、抜けんのじゃろ」
澪が頷いた。
「うちらも最初、海の手がかり探しとったじゃろ」
その日の夜、施設の休憩スペースには乾燥機の低い音が続いていた。
竹原第一の選手たちは早めに部屋へ戻り、大崎上島の選手たちはソファの周りで島の話をしていた。その脇で、鏡山が凪の隣に座った。
「また来てくれたね」
「施設、ありがとうございます」
「合宿、どう?慣れてきた?」
「少しだけ。でも、まだ読めないです」
鏡山が少し笑った。
「うちも最初、海に行ったとき同じじゃった。何も読めんくて。流れが勝手に動いて、どこに行けばいいか分からんかった」
「今も海は苦手ですか」
「苦手というより、信用できんのよね」
乾燥機の終了音が鳴った。
「海って、人間の都合で動かんじゃろ。ここなら設定を変えれば流れを制御できる。でも海は制御できん」
「私は逆かもしれない。制御できないから、読みたくなる」
鏡山が少し考えた。
「そっか。面白いね」
二日目は他校と一緒に練習する時間があり、三原中央は西条付属と同じ水域へ入った。結だけは、いつものように水面に残った。
西条付属の選手の一人が、結を見た。
「入らんの?」
「うちは水面担当じゃけ」
「そういうポジションあるん?」
「ないよ。うちらが勝手にそう呼んどるだけ」
「そうなん」
その選手は水中に入った。
水中では、西条付属の方が一人多かった。凪が息継ぎに上がると、結の視線は潮核と水中の選手の間を動き続けていた。少し先で花も顔を出すと、結の指がすぐ左へ伸びる。
「左!」
花の目がそちらへ動き、息を吸うとすぐ潜った。
次に凪が浮上したときには、陽が結の近くへ顔を出していた。
「もっと下!」
陽は返事をせず、息を吸うと潜る角度だけを変えた。
さらに凪が水面へ出ると、近くで息を継いだ西条付属の選手が結へ視線を向けていた。
二日目の夜、五人は同じ部屋に集まっていた。
花は毛布を頭までかぶった。
「屋内って、なんか疲れ方が違うね」
陽は天井を見上げながら目元を一度押さえた。
「目が疲れる」
結が窓の外を見た。暗い山の稜線が続いていた。
「海、ないね」
澪は荷物をまとめる手を止めなかった。
「当たり前じゃ」
結が息を吐いた。
「分かっとるけど、なんかそわそわする」
花が毛布に顔を埋めた。
「早く三原帰りたい」
澪が腕時計を見た。
「あと五日」
結が布団の中で足を動かした。
「長い」
部屋の電気が消えると、凪は暗い天井を見上げた。
波の音がしない夜だった。
その静けさに、なかなか眠れなかった。




