第12話 浮城の夜
11月の夜。三原駅前。
五人で待ち合わせた。澪だけ少し遅れてきた。
「遅い」
花が腕を組んだまま前を向いた。
「悪い」
澪が歩き出した。
三原城跡の方へ歩く。
遠くに、ライトアップされた石垣が見えてきた。
結が足を止めた。
「なんか、すごくない?ライトアップきれい」
陽が石垣を見上げた。
「浮いとるみたい」
橙色の光が、夜の空に少し滲んでいた。
グルメブースの方へ歩いた。
焼き牡蠣の煙が漂っている。
醤油の焦げる匂いと、鍋の湯気が夜風に混じっていた。
そのとき、屋台の一角から声が飛んできた。
「花ちゃんじゃん!」
「えっ、藤本さん?なんで?」
「毎年ここで鍋売りょうるんよ。ちょっと余ったけん花ちゃん食べていかん?」
「ええん?やったー!」
藤本さんが、紙椀をひとつ陽へ向けた。
「食べる?」
陽は静かに頷いた。
受け取った紙椀の中で、蟹の脚が少しはみ出していた。
「蟹、でかい」
藤本さんが陽に向けた。陽が静かに頷いた。
五人で並んで、紙椀を持った。
湯気が顔に当たる。
蟹の出汁が、夜の冷えた空気の中で体に広がった。
湯気の向こうで、石垣の光が少し滲んで見えた。
結が花の方を見た。
「さっきの人、花の知り合い?」
「うちの町内会の人。他の場所でお店出しとるんよ」
花がもう一口すすった。
「ぶち美味いんじゃけど」
五人は屋台の並ぶ通りを歩いていた。
「あれ、三原中央じゃん」
振り返ると、派手なジャージを着た女子が立っていた。
背が高い。目立つ。周りに尾道の選手らしき顔が数人いた。
「向島さん、なんで三原に?」
花が先に歩み寄った。
「そっちこそ、なんで三原中央がここに?」
「地元じゃけん当たり前じゃろ」
「あ、そっか」
向島が声に出して笑った。
「うちら観光で来たんよ。浮城祭り面白そうじゃったけん」
「尾道から?」
結が首を傾けた。
「電車で20分くらいじゃけ。近いじゃろ」
向島が凪を見た。
「お前が三原中央の潮読みか?聞いたことある」
凪が足を止めた。
「誰からですか」
「能島。あいつが珍しく他チームの話するけん、どんな選手かと思って」
向島が凪の隣を歩き始めた。
「お前ら、あの水道、初めてじゃったじゃろ」
「そうです」
「そりゃ沈むわ」
向島は笑った。馬鹿にした感じではなかった。
「でも、来年は違うじゃろ」
「県大会、どうでしたか」
向島の口元が一瞬引いた。
屋台のざわめきが、そこだけ遠くなった。
「準決勝で負けた」
屋台の鉄板が、遠くで鳴った。
「相手の海、全然知らんかった。厳島の潮、甘く見とった」
向島が前を向いた。
「来年は全部獲る。もう負けん」
凪は向島を見た。負けた話をするとき、言い訳がなかった。
少し後ろを歩いていた澪が、顔を上げた。
向島が一歩近づいた。
「あれ。澪?中学の」
澪がまっすぐ見返した。
屋台の煙が、二人の間を薄く流れた。
「向島。久しぶり」
「三原中央のキャプテン、お前じゃったん?」
向島が、澪をまじまじと見た。
「創部1年目じゃったよな」
向島は澪を上から下まで見た。
さっきまでの笑い方が、少しだけ変わった。
「ようここまで来たね」
「まだ地区大会も出とらん」
「でも尾道と8対2まで戦ったじゃろ」
澪は前を向いた。
向島が少し笑った。
「中学のとき、お前そんなに目立っとらんかったけどね」
澪はすぐには返さなかった。
ライトアップの光が、石畳に薄く落ちていた。
「知っとる」
「変わったんじゃね」
澪が、まっすぐ向島を見た。
「来年、地区大会で当たる」
「当たるといいね」
向島たちと別れた後。
五人で歩いた。
ライトアップされた三原城が、遠くに見えていた。
結が少し後ろを振り返った。
「向島さん、派手じゃったね」
陽が夜空に白く息を吐いた。
「蟹、美味しかった」
澪は前を歩いていた。
凪が澪の隣に並んだ。
「向島さんと、中学一緒だったんですね」
澪は少しだけ歩調を落とした。
ライトアップの光が、石畳に細く落ちていた。
「同じ部活じゃっただけじゃ。向島は最初からああじゃったけん、うちのことなんか見えとらんかった」
石畳の上に、フェリーの汽笛が届いた。
「でも来年、見えるようにする」
凪は澪を見た。キャプテンの横顔が、ライトアップの光の中にあった。
帰り道。
三原城跡が遠くなっていく。
花が歩きながら振り返った。
「来々軒いく?」
「もう食べれんじゃろ」
結が少し笑った。
「じゃあ明日いく?」
「めっちゃ好きじゃん」
夜の三原に、結の笑い声が少しだけ残った。
※本話の浮城祭に関する描写は、公開情報を参考にしています。
物語上、人物・会話・細部の流れは創作として調整しています。




