漁火の向こう
夜の防波堤には、春先の冷たい潮風が吹いていた。
澪は一人、海を見ていた。
沖には漁船の灯りがぽつぽつと浮かんでいる。
黒い海の上で揺れるその光を、ただぼんやりと眺めていた。
昼間、母が言った言葉が頭から離れない。
「ここにおったら、あんたの人生台無しや」
そして、自分が返した言葉。
――もう、私の人生台無しやよ。
澪は小さく目を閉じた。
これからどうなるんだろう。
分からなかった。
気付けば頬を一筋の涙が伝っていた。
慌てて拭う。
けれど、次の涙が零れる。
夜の海は何も答えてくれない。
波の音だけが静かに響いている。
その時だった。
ポケットの中でスマートフォンが震えた。
澪は画面を取り出す。
表示された名前を見て、少しだけ目を見開いた。
悠人だった。
メッセージを開く。
父親が今日こちらへ来たこと。
母親の体調が順調に回復へ向かっていること。
妹が看護学校を目指して頑張っていること。
そんな近況が書かれていた。
そして最後に、
『ユキのこと、本当にありがとうございました』
とあった。
澪は、涙を拭って思わず苦笑する。
律儀なやつ。
そう呟きそうになった。
さらに続きを読む。
『動物に囲まれて仕事頑張ってます』
その一文だけだった。
澪はしばらく画面を見つめる。
寒い冬が来た時。
悠人は、居場所も未来も見えなくなって、この海にやって来た。
けれど今は違う。
動物たちに囲まれて働いている。
少しずつ前を向いている。
そのことが不思議と嬉しかった。
潮風が前髪を揺らす。
澪はスマートフォンを握りしめたまま、再び海を見る。
沖の漁火は変わらず揺れていた。
防波堤に打ち寄せる波の音。
遠くで船の汽笛が鳴る。
私に春は来るのだろうか。
そう思うと、また涙が頬を伝った。
沖の漁火が、滲んで揺れて見えた。




