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春の縁側

仕事を終えた澪は、買い物袋を提げて玄関を開ける。

縁側では母が一人、ぼんやりと庭を見ながら煙草を吸っていた。

白い煙が春風に流されていく。

澪は靴を脱ぎながら声を掛けた。

「お昼まだやろ?」

母は振り向かない。

「弁当買うて来た。何でもええやろ?」

「……ああ」

短い返事だけが返ってくる。

澪は買い物袋を持ったまま居間へ入った。

「達ちゃんは?」

母は煙草を灰皿へ押し付ける。

「二階で寝とる」

「そっか」

澪はそのまま台所へ向かった。

やかんに水を入れる。

湯を沸かそうとした時だった。

背後から母の声が聞こえた。

「あんた」

澪は振り返らない。

「何?」

しばらく間が空く。

そして母は静かに言った。

「あんた、美咲、連れて、この家出て行き」

澪の手が止まる。

一瞬、何を言われたのか分からなかった。

母は縁側を見たまま続ける。

「ここにおったら、あんたの人生台無しや」

澪は黙っている。

「達也のことは私が見るけ」

母の声は弱々しかった。

それでも、どこか決意のようなものが滲んでいた。

「出て行き」

やかんの中で水が小さく揺れる音だけが聞こえる。

澪はゆっくり振り返った。

そして苦笑する。

「もう、私の人生台無しやよ」

母が顔を上げる。

「今さら何言うとるん」

澪は少しだけ声を強くした。

「それに、シロもチャコもモカもおるやろ」

庭先で昼寝をしている猫たちを思い浮かべる。

「誰が面倒みるん?」

母は何も言わない。

「この家、出て行くことなんかでけんやろ」

静かな沈黙が落ちた。

春の風が縁側のカーテンを揺らす。

母は俯いたままだった。

澪は小さく息を吐く。

そして視線を落とした。

「でもな」

母がゆっくり顔を上げる。

「美咲だけは、出したいと思っとる」

その声はどこか遠くを見ていた。

「私みたいにはなってほしくない」

母は何も言わない。

ただ静かに澪を見つめていた。

縁側へ差し込む春の陽射しだけが、二人の間を柔らかく照らしていた。





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