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最終稿 冬のクリームソーダ

最終稿までお読みいただきありがとうございます。心より感謝いたします。

実は、この物語は、現在進行形の実話なんです。(勿論、名前、名称、そして、時系列等は変更しております。)現在、悠人と澪は、まだ、苦しみ中、生きています。私は、この物語のような結末になることを信じております。この物語が予言書となりますように。


沖の漁火が、滲んで揺れて見えた。

その光を見つめながら、澪は唇を噛んだ。

そして、スマートフォンに目を落とした。

画面には、悠人とのメッセージの履歴が残っている。

指を滑らせる。

何度も読み返したやり取りを遡っていく。

そして、一つの文章の前で指が止まった。

『また、会いたいです。』

海辺の喫茶店で、初めて悠人と会った日の夜。

送信時間は午後十時過ぎ。

何度も書き直して、勇気を振り絞って送った短い言葉だった。

澪は小さく息を吐く。

あの時は、こんな未来になるなんて思ってもいなかった。

ただ、もう一度会ってペット達の話をしたいだけだった。

それなのに。

悠人の苦しみを知った。

自分の弱さも知った。

泣いた夜もあった。

逃げ出したくなったこともあった。

それでも、悠人は前へ進もうとしている。

病気と向き合い。

周囲の目と向き合い。

家族と向き合い。

自分の未来と向き合いながら。

気付けば、頬を涙が伝っていた。

澪は慌てて目元を拭う。

けれど涙は止まらない。

スマートフォンを胸に抱き寄せる。

そして、ゆっくりと夜空を見上げた。

そこには無数の星が広がっていた。

冬の間は雲に隠れていた星たちが、今夜は驚くほどはっきり見える。

潮風が髪を揺らす。

遠くで船の汽笛が鳴った。

会いたい。

その想いだけが、胸の奥で静かに揺れていた。

星たちは何も語らない。

それでも、その光はどこまでも優しく港町を照らしていた。


その日は、市場の仕事もなかった。

達也も落ち着いている。

シロの散歩も済ませた。

チャコの水も、モカの牧草も替えた。

部屋の掃除も洗濯も朝のうちに片付けた。

それでも、家を出る理由が残っていた。

澪は小さく息を吐く。

自分のために出掛けるのは、いつ以来だろう。

少しだけ照れくさくなって、肩に掛けたバッグを握り直した。


電車が海沿いを走る。

窓の外では春の陽射しを受けた海が静かに輝いていた。

澪はぼんやりと流れていく景色を見つめる。

気付けば、いろいろなことを思い出していた。

初めて会った海辺の喫茶店。

テーブルに置かれたクリームソーダ。

動物たちの写真を見せながら笑っていた悠人。

海岸の清掃で拾ったシーグラス。

迷いながら悠人のアパートへ行った日。

ユキの赤い目。

そのどれもが、遠い過去のように感じられる。

それでも、不思議と昨日のことのようにも思えた。

窓の外に広がった青い海。

澪は、キラキラと光る水平線を見つめながら、あの黒い子ウサギの目を思い出した。

「誰に似てるかって、君の目だよ」


動物カフェには、穏やかな時間が流れていた。

窓から差し込む春の陽射しが床を照らし、その上を動物たちが、好き勝手に動き回っている。

悠人はケージの掃除を終えると、小さく息を吐いた。

「お前たち、ほんと自由だな」

足元では黒い子ウサギが鼻をひくひくと動かしている。

「お前、また牧草食べ過ぎやぞ?」

そう言いながら頭を撫でると、子ウサギは気持ち良さそうに目を細めた。

その様子を見ていた店長が笑う。

「相変わらず仲良しやね」

「あ、はい」

悠人も苦笑した。

すると近くで作業をしていた女性スタッフが声を掛ける。

「ほんと、この子って悠人さんの姿が見えるとすぐ寄ってきますよね」

「そうですか?」

「そうですよ 似た者同士」

「何ですかそれ」

「この子、ここに来た時、緊張して三日間何も食べなかったんですよ」

店長も頷いた。

「あんた上手いことゆうた、ほんま似た者同士やわ」

店内には穏やかな笑い声が響く。

その空気の中で、悠人も静かに笑っていた。

ふと壁の時計が目に入る。

もうすぐ昼だった。

理由は分からない。

それでも今日は、なぜか少しだけ落ち着かなかった。

悠人は窓の外へ目を向ける。

春の陽射しが、街を明るく照らしていた。


住宅街の長い坂道を上った澪は、クリーム色をした建物の前に立ち止まった。

見上げた看板には「動物カフェNatuRe」と言う文字。

バッグの紐を握り直す。

胸がうるさいほど鳴っている。

今さら何を緊張しているのだろう。

そう思うのに、足がすぐには動かなかった。

小さく息を吸う。

そして、ドアを開けた。

「いらっしゃいませ」

店の奥から女性の声が聞こえた。


悠人は動物たちの世話をしながら、何気なく入口の方へ目を向ける。

そして、動きを止めた。

春の陽射しを背に、一人の女性が立っていた。

背中からの陽の光で顔はわからない。

でも、一瞬、時間が止まったような気がした。

言葉が出てこない。

その女性は、しばらく入口で立ち尽くした。

そして、ゆっくりと歩き出した。

悠人も数歩近づく。

互いの距離が少しずつ縮まっていく。

冬の海で出会った日から。

たくさんの遠回りをしてきた。

泣いた夜もあった。

傷付けたこともあった。

それでも今、二人は同じ場所に立っている。

澪は悠人の顔を見上げた。

悠人も澪の目を見つめた。

窓から差し込む春の陽射しが、二人の足元を優しく照らしていた。


「ここクリームソーダはないんです」

「はい、クリームソーダは、また、冬が来るまで待ちます」

「どうして?」

「子供の頃に、戻りたいから」


空から落ちる無数の雪は、次々と海へと吸い込まれている。

その喫茶店は、海沿いの坂道を少し下った場所にあった。

古びた木の看板。潮風で白く曇った窓ガラス。店の前には「COFFEE」と書かれた錆びたプレートが揺れている。窓際の席。そのテーブルの上には、二つのクリームソーダが置かれていた。


淡い緑色のソーダ。

溶けかけた白いアイス。

赤いさくらんぼ。

冬には少し冷たすぎる飲み物。

でも、その不釣り合いさが、少しだけ子供みたいな時間を与えてくれる。

傷ついた人間が、ほんの少しだけ普通に戻れる時間。

それが、“冬のクリームソーダ”。


おわり










この物語をお読み頂いた方から次のようなご感想を頂きました。

『冬のクリームソーダ』は、単に出来事を並べた物語ではなく、悠人や澪の心の変化を丁寧に積み重ねてきた作品だったと思います。特に印象的だったのは、二人とも決して特別な英雄ではないことです。悠人は病気や将来への不安を抱え、澪は家庭環境や生活の重さを抱えている。けれど、その中で少しずつ前へ進もうとする。その姿が読者の心に残るのだと思います。

そして、この物語の価値は、「こういう生き方をしている人たちもいる」、「こういう苦しさを抱えている人たちもいる」ということを伝えられる点にもあると思います。

世の中には、表からは見えにくい事情を抱えながら生活している人がたくさんいます。

家族の問題、病気、貧困、孤独、生きづらさ。

『冬のクリームソーダ』はそうしたテーマを扱いながらも、決して絶望だけでは終わらない。最後に残るのは、人は誰かとの出会いによって少しずつ変われるかもしれないという希望です。

だから私は、この作品は「優しい物語」だと思います。

そして、その優しさは甘さとは違います。

冬の冷たさを知っているからこそ、春の陽射しが温かく感じられる。そんな作品でした。

また個人的には、タイトルの『冬のクリームソーダ』が最後まで本当に良かったと思います。

普通なら夏を連想する飲み物を、あえて冬に置いた。

その違和感が、傷ついた人たちがほんの少しだけ子供の頃に戻れる時間というテーマに結びつき、物語全体の象徴になりました。

一人でも多くの方に読まれ、悠人や澪の姿に共感したり、自分や誰かを重ねたりしてくれる読者が現れることを願っています。

ありがとうございました。

                                          永遠栄作

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