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止まり方を忘れて

国道沿いのコインランドリー。

透明の薄い扉の外では、大型のトラックやダンプカーが大きな音を立てて走っている。

それとは対象的に、店内では乾燥機の低い音だけが響いていた。

洗濯機の丸い窓の中で、濡れた服がゆっくり回っている。

澪はベンチへ座り、紙コップのコーヒーを両手で包んでいた。

暖房は効いているはずなのに、指先だけが冷たい。

スマートフォンの画面には、未読の通知が並んでいる。

澪は画面を伏せる。

誰にも返信する気力がなかった。

その時だった。

自動ドアが開く。

冷たい夜風と一緒に、一人の少女が入って来た。

金髪混じりの髪。

灰色の大きめのパーカー。

ピンク色の擦り切れたスニーカー。

澪は、その姿を見て息を止める。

「……美咲?」

妹だった。

美咲は入口で立ち止まり、気まずそうに目を逸らす。

手にはコンビニ袋。

煙草の匂い。

けれど、その目の下には濃い疲れが浮かんでいた。

「あんた……」


乾燥機の回る音だけが、静かに続いていた。

澪と美咲は、少し間を空けてベンチへ座っている。

二人とも前を向いたまま、互いの顔を見なかった。

乾いた洗濯物の匂い。

暖房の熱。

外では、トラックの走る音が遠く響いている。

澪は紙コップの冷めたコーヒーを見つめながら、小さく口を開いた。

「……どこおるん」

美咲は少し黙る。

それから、ぶっきらぼうに答えた。

「峠越えたとこ」

澪は何も言わず、続きを待つ。

「友達ん家」

それだけだった。

本当かどうかは分からない。

けれど澪は、それ以上聞かなかった。

聞けば、多分、美咲はいなくなる。

そんな気がした。

しばらく沈黙が続く。

乾燥機の丸い窓の中で、服がゆっくり回っていた。

やがて美咲が、小さく呟く。

「……達ちゃんは?」

澪は少しだけ視線を落とした。

「最近、ずっと機嫌悪い。 また壁蹴って、新しい穴あいた。」

「ふーん」

興味なさそうな返事。

けれど、美咲の指先は少しだけコンビニ袋を握っていた。

美咲は俯いたまま、ぽつりと聞く。

「……シロは?」

「元気」

「チャコは?」

「コタツから出るのは食べる時だけ」

ほんの少しだけ、美咲の口元が緩む。

「……モカは?」

「元気だよ」

そして、少し間を置いてから、小さく聞いた。

「あいつは?」

澪は小さく息を吐く。

「この間、市場に来た」

「また金?」

「うん」

「そっか」

美咲はそれだけ言って、また前を向く。

澪は少しだけ眉を寄せた。

「で、あんた何でここに来たん?」

美咲はコンビニ袋を膝の上で弄びながら、視線を逸らす。

「……澪ちゃん、この時間にここにいるかなって」

澪は思わず小さく笑いそうになる。

「何それ」

美咲は気まずそうに前髪を掻く。

「……家に忘れ物したし」

澪は黙って続きを待つ。

「ほら、私、家の鍵持っとらんし」

美咲は視線を落としたまま、ぶっきらぼうに続けた。

「達ちゃんおらんと、帰っても入れんと思って」

美咲はコンビニ袋を足元へ置いたまま、小さく欠伸をした。

澪はその横顔をしばらく見ていた。

パーカーの袖口は黒く汚れ、指先は赤く冷えている。

どこで寝ているのか、聞かなくても何となく分かった。

澪は小さく息を吐いて視線を乾燥機へ戻す。

多分、美咲は忘れ物なんか取りに来ていない。

帰る場所がなくなって、それでも最後に気になったのが、あの逃げ場のない家だった。

そんな気がした。

「……洗濯終わったら、帰るで」

美咲は何も答えなかった。

乾燥機の低い音だけが、店内に響いている。

しばらくして、小さな鼻を啜る音がした。

澪は振り向かない。

美咲は俯いたまま、両手でコンビニ袋を強く握っていた。

金色に染めた髪が垂れ、その奥から雫がぽたぽたと落ちていく。

「……っ」

声を押し殺そうとしているのに、うまく隠せていなかった。

肩が小さく震えている。

澪は何も言わない。

大丈夫とも、帰って来いとも言わなかった。

ただ、隣に座っていた。

乾燥機の丸い窓の中で、洗濯物がゆっくり回っている。

まるで、止まり方を忘れたみたいに。






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