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書術道  作者:
―青龍編―
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62.天を統べる者




龍麗から放たれた一筋の閃光。

炎を纏った火夜の、笑った口元に紅が光る。

腕を前で交差し、その閃光を受け止める。

圧に押され十メートルほど後退し、地面に深い二本の足跡が刻まれる。

それでも、耐えた。


「火様!」


真白が再び名を呼ぶ。

準師範である橘でさえ加勢できぬほどの緊張が場を支配していた。

許されるのは、ただ名を呼ぶことのみ。

駆けつけた青龍の一族も息を呑んで見守る。

銀夜は流牙を一族へ引き渡し、飛ばされた両腕を複数人で書術により接続させていた。




やがて、交差していた腕が振り下ろされる。


その奥から現れた火夜の顔に浮かぶのは――修羅。


瞳孔は開き、瞳は赤く、さらに赤く染まっている。

口を大きく開け、笑っている。

心の底から戦いを愉しむ姿。

銀夜も橘も、そんな火夜を見たことがなかった。

それは白装束の女も同じ。


火夜の高らかな笑い声が夜に響き、敵味方を問わず恐怖を与える。


「楽しいなあ!龍麗!!『火球(かきゅう)』!」


放たれた幾つもの火球が龍麗を襲う。

本来、水の守護を受ける龍に炎は効かぬはずだった。

だが――龍麗は確かに苦しんだ。


「効いてる……!?」

「書術の力配分を変えているのだ。」


驚愕を漏らす真白に、橘が答える。


書術は、術式そのもの――文字の画数や構造――に己の力を乗せて発動する。

通常の配分は八対二。

術式八、己の力二。


術を強くするなら、己の力を増すのが常道。

己の炎を大きくすること。

だがそれでは、水の加護を受ける龍麗には意味がない。

だから火夜は逆転させた。


十対零。


己の炎を極限まで削り、術式そのものを肥大化させる。

理屈ではそうだ。

だが炎を零にすることなどできない。


ゆえに火夜は“炎”の在り方を変えた。


熱を想像しない。

燃焼を想像しない。

ただ「燃え上がる」という現象のみを極限まで純化し、術そのものを暴れさせる。


しかし身体を纏う炎には確かな熱がある。

防御のための炎。

攻撃のための炎。

複数の術を同時に展開しながら、それぞれを瞬時に使い分けている。

ひとつでも制御を誤れば、術は崩壊する。

その先に待つのは、死。


それでも。

火夜は笑っている。


命のやり取りのただ中で、心の底から愉しんでいる。


龍麗という神に近い存在の背に立つ白装束の女でさえ、恐怖を覚えずにはいられなかった。

この状況で逃げることも、まともに書術を組み立てることも難しい。

修羅と化した火夜の前では、龍麗へ命じることが精いっぱい。

むしろ押されているのは自分の方だと、はっきり自覚していた。




そのとき。

ふいに、あたりが暗くなる。


龍麗の上空へ、凄まじい速さで黒雲が集結する。

渦を巻き、空を塗り潰していく。

晴れていた夜が、さらに深い闇へと沈んでいく。


誰もが悟る。


あれは、ただの雲ではない。

そして――

あれは、決して“よいもの”ではない。


「ああっ……朔夜様……!」


歓喜に震える声を上げたのは白装束の女だった。

その視線の先。

黒雲の渦の中心から、ゆっくりと一人の人物が降りてくる。


腰まで流れる艶やかな漆黒の長髪。

病人のように青白い肌。

整いすぎた顔立ち。

伏せられた瞳を縁取る、長い睫毛。

男物の白装束に黒の羽織。


空そのものが、その人物を迎え入れているかのようだった。

場にいる全員の背筋に冷たいものが走る。

天候を操るなど、人の領域ではない。

ただ者ではない。

その存在だけで、空気が変わる。


火夜の炎が、わずかに揺らいだ。




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