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書術道  作者:
―青龍編―
67/70

61.―惑溺(わくでき)―




月夜を背に、かつての龍麗――龍が宙を舞う。

蛇のように長い身体に鱗が浮かび、(たてがみ)のような顔の毛が夜風にたなびく。


「美しい……」


その姿を前に、火夜は素直にそう呟いていた。

その声に龍が反応する。

金の瞳に最初に映ったのは、共に舞った者――火夜。


巨大な前足の鋭い爪が振り下ろされる。

火夜は跳んでそれを避ける。

爪が地を抉り、土砂が弾け飛んだ。


「踊り足りないか、龍麗!

 そういえばお主とは喧嘩もしたことがなかったな!」


この状況で、火夜は満面の笑みを浮かべている。

最期の友との時間。それを、これ以上なく濃密なものにできる。


戦いは火夜にとって、朱雀の一族にとって尊ぶべきものだ。

命のやり取りの中でこそ己は研ぎ澄まされると信じている。

もともと血の気も多い。

だが火夜ほどの実力となれば、本気で戦える相手など他里の姫くらいのもの。

接点も少なく、下手に刃を交えれば里同士の争いの火種になる。

常に力を抑えてきた。いわば窮屈だったのだ。

だが今は違う。

全力を出せる。しかも相手は友。

それが龍麗への、火夜なりのはなむけ。


『気炎万丈!』


紅を差し、火夜が叫ぶ。瞬間、全身を炎が包む。


『業火!』


渦を巻く紅蓮が天へと立ち上がり、龍麗へと奔る。


だが――その炎を遮ったのは、白装束の女だった。

炎の中に立ちながら衣は焦げない。

白い袖が静かに翻る。まるで炎そのものを拒絶するかのように、白装束の女は火夜を見下ろす。

阻止されたことに、火夜はわずかな違和感を覚える。

そして脳裏をよぎる、「間におうたな。」というあの言葉。


「お主――ッ!」


気づくのが遅かった。


惑溺(わくでき)


白装束の女の声が夜を裂く。

放たれた力が龍麗を包み、黄金の瞳がみるみる白く濁っていく。


「龍麗!」


届かぬとわかっていながら、火夜は叫ぶ。

白装束の女は軽やかに跳び、龍麗の背へと降り立つ。


惑溺――心を迷わせ、本心を失わせる術。


白装束の女の目的は、龍と化した龍麗そのもの。

自我を奪い、完全な従属とするために。


「火様!」


背後からの声で、橘と真白が駆けつけたことを知る。

周囲には青龍の里の一族たちが集まり、息を呑んで取り囲んでいた。

白装束の女が龍麗の鬣を掴む。


「蹴散らせ。」


次の瞬間、龍の咆哮が夜を裂く。

白く濁った瞳に、もはや感情はない。

そこに火夜は映らない。

龍が口を開く。

蒼白の光が急速に収束する。


狙いは――火夜。


一筋の閃光が放たれた。

そこに躊躇いはない。

それが、堪らなく嬉しかった。

友として、最後まで全力で在るということ。

奪われてもなお、その力が本物であるということ。


「来い、龍麗!」


火夜は笑う。

全身の炎をさらに燃え上がらせ、その一撃を真正面から受け止めた。




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