60.金の瞳に映るのは
「白装束の女……!」
銀夜の胸に、あの夜の恐怖が蘇る。
血の気が引き、指先が震えた。
「侵入者……!」
呟いた瞬間、流牙の姿が消える。
次の瞬間には、白装束の女へ斬りかかっていた。
「間におうたな。」
風が収束する。
細い竜巻の中心に立つ白装束の女は、龍麗を見据えたままそう言った。
その言葉の意味を測る間もなく、流牙の刃が振り下ろされる。
油断はない。
あの風の強さから力量を測り、自分以上の実力者である可能性も織り込んだ一撃。
だが――
宙を舞ったのは、刀を握った流牙の両腕だった。
一拍遅れて血が噴き上がる。
流牙は崩れ落ちた。
白装束の女は一瞥もくれず、火夜と龍麗へ歩みを進める。
「銀夜!」
その声に銀夜は我に返り、流牙へ駆け寄った。
いつの間にか魔獣が湧き、白装束の女を守るように囲んでいる。
「流牙……!」
血だまりの中に倒れる愛する者。
龍麗の呼吸が乱れる。
肩が震え、視界が歪む。
瞳孔が開き――瞳が金に染まる。
「りゅ、う……グァ……」
「堪えろ、龍麗!」
零時はとうに過ぎている。
限界を超えた身体に、この追い打ち。
理性が軋む。
龍化が急速に進む。
火夜は龍麗の肩を抱き、迷いなく懐刀を抜いた。
刃が喉元へ触れる。
その瞬間――
白装束の女の手が、火夜の右手首を掴んだ。
常人なら折れていたであろう力。
至近距離で視線がぶつかる。
龍麗の細い首から赤い雫が伝う。
「……友を殺すのに躊躇もないか。やはりお前は人ではないな。」
火夜は微動だにしない。
「お主も人ではあるまい。それに――お主は望んで人ならざる者になったのではなかったか?」
白装束の女の頬が紅潮する。
「昔はお主も、可愛かったのう……」
「やめろ! 捨てたくせに!!」
怒声が裂ける。
一瞬、力が緩む。
その隙を逃さず火夜は再び刃に力を込める。
――パキン。
乾いた音。
刃が折れる。
その直後、閃光。
凄まじい衝撃が火夜の身体を宙へと弾き飛ばす。
地に叩きつけられ、土煙が舞い上がる。
――その瞬間、音が消えた。
風が止む。
魔獣が一斉に後ずさる。
ゆっくりと、龍麗が顔を上げる。
金の瞳。
その奥に、もはや人の色はない。
瞳孔が縦に裂ける。
骨が軋み、背が反り、白い肌に鱗が浮かび上がる。
髪が風もなく逆巻き、空気が震える。
服は裂け、身体が巨大な異形へと変貌していく。
敵も味方もない。
ただ、目に映るものを滅する本能だけがある。
金の瞳が、ゆっくりと周囲を見渡す。
その視線の先にあるのは――
血か。
白か。
それとも、かつて共に舞った者か。




