59.祝舞の果て
滝を越え、青龍の里へ足を踏み入れた日。
砕け散る水しぶきの奥に、一瞬、白が揺らめいた気がした。
あれは光の錯覚だったのか。
それとも――
今、目の前に立つこの女の、予兆だったのか。
滝の水しぶきは、白く砕ける。
だがその白は、決して形を持つものではない。
本来ならば。
※※※※※
火夜と銀夜は使いの者に案内され、山門をくぐる。
植えられた桜並木の奥に楼があった。
代々、青龍の巫女の処刑台として使われてきたその場所からは、里を一望できる。
楼を登りきった最上階。
龍麗は、静かに佇んでいた。
白い着物に蒼の袴。
舞衣には睡蓮があしらわれている。
それが、青龍の巫女装束。
中央の台座に座るその姿は、穏やかで揺らぎがない。
白――それは神の国の色。
本来は神に仕える証。
だが今は、神の国へと旅立つ色でもある。
袴の蒼は青龍を表し、睡蓮もまた青龍を象徴する花。
その意匠は、龍麗の長い髪を束ねる銀の髪飾りにもあしらわれていた。
対して、火夜の纏う朱雀の巫女装束は、白い着物に朱の袴。
舞衣には椿が咲いている。
書術によって腰まで伸ばされた髪を、朱の紐でひとつに束ねていた。
火夜が龍麗の前へと進み出る。
二人は見つめ合ったまま、動かない。
言葉は――不要だった。
長い沈黙を破ったのは、火夜の手にした鈴の音。
澄んだ音が空を裂き、風が立つ。
舞い上がる桜の花弁の中、火夜は舞った。
龍麗は一瞬とまどいを見せたが、すぐにその動きにならい、舞い始める。
本来ならば神へ捧げる舞。
記憶にも新しい、今年の正月にも捧げられた清めの舞。
だが今、その舞は大きく、伸びやかに広がり、時に高く跳ぶ。
龍麗は声をあげて笑った。
それにつられ、火夜も笑う。
風に乗り、衣と長い髪が宙を舞う。
蒼と朱が交互に、くるくると入れ替わる。
それを、傍らで流牙と銀夜が見守っていた。
まるで桜の精が人の姿をとったかのような、仲睦まじい光景。
この舞が終わった後を思えば、視界が滲むことはわかっている。
だからこそ、瞬きを惜しむように、二人はその姿を目に焼き付けた。
舞が終盤に差しかかる。
火夜が龍麗の髪に積もった花弁を払い、そっと口づける。
照れた顔を見せた、その瞬間――
風が一段と強まった。
竜巻とも呼べる激しい風に、一同は思わず目を閉じる。
火夜はとっさに龍麗をかばう。
流牙と銀夜も駆け寄ろうとするが、見えない力に阻まれた。
その時、誰もが悟る。
これは、ただの風ではない。
風が止む。
目を開けた先に立っていたのは――
火夜にとって予想通りの人物。
「白装束の女……!」
銀夜の胸に、あの夜の恐怖が蘇った。




