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書術道  作者:
―青龍編―
63/70

57.流れ落ちるもの




「渡せぬな。」


火夜は、青龍の二人をまっすぐに見据え、静かに、だが一切の揺らぎなく言い放った。

その言葉の意味を問うより早く、火夜はさらに言葉を重ねる。


「いや、渡す術を知らぬと言った方が正しいな。」

「それはどういう……。」


拒絶ではなく、説明。

その事実に、流香と波流は、わずかな希望を見出し、思わず顔を上げた。

交渉の余地があるのではないか――そんな淡い期待。


だが次の瞬間、二人の顔を覆ったのは、希望以上の困惑だった。


「強大な力とは、おそらく真白にかけられた術、

 あるいは呪のことであろうと、我は考えている。

 だが、それについて分かっていることは、あまりにも少ない。

 無論、渡す術など知り得ぬ。」


火夜は淡々と続ける。


「知り得る者がいるとすれば、それは術者本人であろう。

 術者については、我らも捜している最中だ。

 現に、その手がかりを求めて、真白は青龍の里へ修行に参った。」


拒否ではなく、理路整然とした説明。

〝渡せぬ〟のではない。

〝渡す術が存在しない〟という現実だった。


筋は通っている。

火夜が、この場で嘘をつく理由も、見当たらなかった。


「我ら朱雀にも、どうすることもできぬ。」

「いや、しかしっ……!

 おそらく朱雀は、強大な力を手に入れ、それを隠していて――。」

「……その話は、確かなものなのか。」

「実際に、我らも感じました。

 だからこそ、希望を見出し、手に入れなければと――。」


流香自身、支離滅裂なことを言っている自覚はあった。

だが、それでも止まらなかった。


視野は狭まり、「奪う」という暴挙に出るほど、追い詰められていたのだ。


――朱雀は、強大な力を得て、それを独占しようとしている。

そう思い込むことしか、できなかった。

そう思い込む以外に、彼女たちには、希望は残されていなかった。


「現実から目を背け、誰かを憎むことを、龍麗は望んでおらぬ。」


火夜の言葉は、容赦なく現実を突きつける。

流香は、その場に崩れ落ちた。

(わたくしたちは、龍麗様を想って行動してきたはずだった。

 それがいつしか歪み、自己満足へと変わっていたことに気づきながら、

 それでも、気づかぬふりをしてきた。

 龍麗様は、それを分かっていたのに止めなかった。

 いや、止められなかったのだ。

 だからこそ、友である火夜様に懇願するしかなかった。

 その火夜様を、わたくしたちは敵とみなし、傷つけようとした。

 わたしたち(青龍)は、一体どれほど、

 あの優しい龍麗様を傷つけてきたのか……!)


銀夜は、かつて流香が放った皮肉の言葉を思い出していた。

それに、更なる皮肉を返していた、あの凛とした姿を。

精神的にも強く、頭の回転も速く、

決して崩れぬと思っていた彼女が、

今は、声も上げられぬほどの絶望に打ちひしがれている。

――人は、ここまで弱くなってしまうものなのか。

胸が、ひどく痛んだ。


火夜の瞳に映る、声を上げ、童子のように泣き崩れる流香の姿が、

あの日の龍麗と重なる。

美しい小川がいくつも集まり、やがて河となり、

そして滝となって落ちていく。

その姿は、あまりにも自然だった。

止められるものでもなく、責められるものでもなかった。




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