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女王陛下は浮遊霊?  作者: 山崎空
7/7

07.知らないこと





 あの男。

 宰相。

 そして私。


 この三つを「殺した」という言葉で繋げると、該当する人間は、たった一人。

 私が「この手で」殺した人間も、ひとりきり。



 

 予想外に衝撃はなかった。

 そして一部は正解だったのかと思った。


 父上がらみという、その一点だけ。


 ただゆっくり瞬いて、「そうか」とだけ呟いた。それしか、できなかった。


「……お前にとって、父上は何だった?」

 

 強い眼差しから目を逸らさず、まっすぐ見上げた。

 ラキはまた少し泣きそうな顔になって、低く、低く質問に答えた。


「死ぬはずだった俺に生を与えた、恩人、だった」


 その言葉には不覚にも涙が出てきそうになった。

 奪うばかりだと思っていた父が、人を救う事もできたなんて。


 そういえばラキの詳しい生い立ちは聞いたことがない。

 宰相達がどこぞから拾ってきた逸材だと言って会わされたのが最初だ。

 拾ったのが宰相達ではなく父上だとすれば、彼は一体どこで死にそうな目にあい、拾われ、育ったのか。

 王宮で遭遇した事がないならば、拾われた後別の場所にいたのだろう。


 今までまったく知ろうとしなかった、興味すらなかった事柄を。

 こんなに知りたいと思う日が来るなんて。



 嗚呼父上、あなたもまともな所が残っていたのですね。

 私は、今さらながらにそれが嬉しいです。






 ――だがそれとこれと話は別である。


 

 下した判断と、行った事に対する後悔は一切ない。

 だからこの事について誰に恨まれようとも、私は一切の謝罪を口にしない。


 ………けれど。


「どうしようもないほど狂った人間だったのは、知っていた。俺を救ってくれたのも気まぐれだと、分かっていた。それでもあの男は、あの人は俺にとって恩人で、父だった」


 ラキの言葉に、少しだけ心がぐらつく。

 他でもない私の父だった人だ。その不安定さも、狂気も、優しさも、全て知っている。知っていた。

 

 だからこの手で殺したのだ。

 他の誰が殺しても、きっと許せなかっただろうから。


「何故殺した? 貴女が、娘である貴女が、愛されていた貴女が、愛していた貴女が」


 その問いかけ、或いは糾弾はいっそ静かなものだった。

 とても穏やかとは言えない雰囲気を纏った男が、今までの無感情振りを殴り捨てて感情的な目と声をしていたにも関わらず、だ。


「憎くて、嫌いで………なのに憎みきれなかった」


 ふと、視線が弱まる。表情から、険しさが消えた。

 同時にラキは一度目を閉じ、ややしてゆるゆると開いた。


「…俺は」

「ラキ」


 続くはずだった言葉をさえぎったのは。

 別にこれ以上聞きたくなかったわけではない。

 寧ろちゃんと聞くために、私はもう一度「ラキ」と目の前の男の名を呼んだ。


「…ひとまず起きたい。お前に私を殺す気がないというなら手伝ってくれ。あちこち力が入らなくて一人で起き上がるのは無理そうだ」


 そう言うとラキは特に返事をする事もなく無言で動いた。

 私の体と寝台の間に手を入れて、ゆっくりと抱え起こしてくれる。


「……助かった。もう離してくれていいぞ」

「……」

「…ラキ?」


 呼びかけにもラキは微動だにしない。

 もう一度呼びかけようと口を開くと、ラキはようやく私から手を離し、離れた。

 そして寝台の傍に常備されている水差しから水をカップにつぐと、やっぱり無言のまま私にそれを差し出す。

 正直久しぶりに声帯を動かしたせいか微妙な違和感を感じていたので、その水は有難く受け取った。

 今さら毒の心配もしない。死んだら今度こそ浮遊霊になるだけの話だ。


 水を一口飲むだけで、体に水分がしみこんでいくのを感じた。

 助かったとまた言えば、ラキは目を伏せたまま俯いた。 


「何だ気分でも悪いのか? あれか、仕事のしすぎだな。執務室の書類といったら減る量よりも増える量の方が多いからな」

「…いえ、あれは貴女がサボっていたから増えたのであって、まともに処理していればこなせる量です」


 ラキの口調はいつの間にかまた敬語に戻っている。さっきのままの方が気安くていい感じだったのだが残念な事だ。


「……まあ、それは横に置くとしてだ。じゃあ寝不足か?」

「……そう、ですね。貴女が意識を失ってから、まともに寝た記憶がありません」

「ひと月もか?! 馬鹿かお前はっ」

「馬鹿は貴女でしょう?!」


 私の言葉に間髪いれず顔を上げたラキの、あまりの剣幕に押されて少し枕に背中がに沈む。

 彼の怒りはどうやら収まっていなかったらしい。


「どこの世界に凶器を持った相手に身を投げ出す人間がいるんですか!」


 ここにいる。

 ――とは、言ったらさらに爆発しそうな雰囲気である。


 誤解のないように言っておくが、私は別に身を投げ出したつもりはない。

 ただ憎しみがこもった目でラキが凶器を取り出したから、抵抗もせずに刺されてやっただけだ。


 ――父をこの手で殺した日から、私の命はとうに私のものではない。

 きっと私も遅かれ早かれ誰かに殺されて死ぬのだろう。そう、思って。

 覚悟はいつでもできていた。

 

 その相手がラキになるとまでは、流石に予想していなかったが。


「………そういうお前も、殺すつもりがなかったと言ってはいたが、しっかり刺したじゃないか私を」

「脅すだけのつもりが、貴女が詰め寄ってきたから刺さったんだ!」

「そもそもだ、脅さずとも婚約解消なら言えばさっさと解消してやってたぞ? 何で結婚するまで我慢したんだお前は」

「だからっ……、貴女はっ、本当にいつもそうだっ!」


 いつもそうだ。

 

 それはさっきもラキから飛び出した言葉だ。

 いったい「いつもそう」とは何がどうなんだ?


「貴女に、俺の何が分かる? その目に映り、考えるのはせいぜい弟のことぐらいで、俺なんて視界に入りもしないくせにっ」


 まったく大正解なので反論する余地もない。

 私の頭の中は大体ザイラの事でいっぱいで、残りの部分で国の事やその他の事を考えている。

 ラキについて何か考えた事など、思えば一度もない。

 いてもいなくてもどうでもいいと思っていた。そう、確かに、生霊状態になる前までは。


「俺の変わりなんぞいくらでいるっ、どうでもいいと思っているから何でもあっさり切り捨てられるっ………貴女はあの人にそっくりだ」


 …あの戦争狂とそっくりといわれると複雑な気分になるな。

 少なくとも私は人を殺すのは好きにはなれんし あんな後味が悪い事を好んでやっていた父上の事をいまだに理解はできない。


 それでも大事にされていたのはわかっている。愛されていたのも知っている。私にとってのザイラのように、父上にとって私達子供は唯一の心預けられる者だったのだろう。


 ――たとえ刃を向けられても。


「……私と父上はそんなに似てるのか?」

「似てる。周りは大概挿げ替えが聞くから意識すらしない。近くにいる人間の性格や思考なんぞ表面でしか見ない。大事なもの以外自分の命すらどうでもいいと思っている」


 ……ドンピシャである。

 私が理解していると思っていた事は全て表面上の事。ラキがこうならジジイ共だってそうに違いない。ザイラの事なら手に取るように分かるるのだが。


 あまりにも理解されすぎていてどきりとした。というか父上もそうだったのか。初耳だ。

 

 ………ああ、だからあの時、父上は…。


 その時の情景が脳裏に浮かんで、私はそれを消すように一度目を閉じた。


「…父上は、お前に対してもそうだったのか?」

「あの人にとって俺なんぞ死に掛けていた犬みたいなものだ。他よりは意識してもらえていただろう、逆らわない愛玩動物として」


 そんな人間なのにお前はそれでも好きだったのか、と。


 問いかけるべきか迷った私をラキは気がついたのだろう、苦く笑って彼は「それでも」と続けた。


「俺にとっては大事な人だった」



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