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満月 贈り物

 あれから何か月も経った、満月の夜の記憶。


 奪目の儀が終わったあと、月の塔の最上階にだけ灯る淡い光。アストライオスはその夜、誰にも見つからぬよう足を運んでいた。そこには、この世界でただひとりの天女が住んでいる。


「……アンバー、いるか?」

「アストライオス、どうしたの?」

 アンバーが扉を開けて、不思議そうに首をかしげる。


「君にあげたいものがある。満月の夜しか魔術が使えないからな…」

 そう言ってアストライオスが手を振ると、古びた家具が淡い炎に包まれ、消える。代わりに新しい家具が現れた。

「君の部屋は殺風景すぎる。家具も古いしな。使ってくれ」


 新しい家具を見たアンバーの琥珀色の瞳が一気に輝いた。

「うわっ、本棚に机、椅子にベッド…! しかも全部めっちゃ綺麗! 最高だよ! アストライオス、ありがとう!」

 満面の笑みを浮かべて跳ねるように喜ぶアンバーを見て、アストライオスの胸の奥が温かくなる。

(この笑顔を、何度でも見たい。)

 アンバーの愛らしい笑顔に、奪目の儀の緊張と疲労が癒されていくのを感じた。


 やがて、ふわふわのベッドに腰掛けたアンバーが首を傾げる。

「…なんかこのベッド、やたらと大きくない?」

「そ、それは……その……君が広々と寝られるように…」

 言葉を濁し、頬を染めながら視線を逸らすアストライオス。 


 アンバーは数秒だけ彼をじっと見つめ、何かを察したようだ。口元をゆるく吊り上げる。

「…ふぅん…?」

 短く笑うと、彼女はそっと立ち上がり、距離を詰めてアストライオスの首に腕を回した。黄金の瞳に自分の下心がすべて見透かされているような気がした。

 吐息が触れ合う距離になった瞬間、心臓が跳ねる。

(駄目だ、理性が持たないかもしれない……)


「じゃあ……早速、使ってみようか?」

 そう囁くと、アンバーは背伸びして、アストライオスと唇を重ねる。 

「あ、アンバー!奪目の儀で疲れてるだろ…」

 言葉とは裏腹に、アンバーの腕を振りほどくことができない。天女の温もりが全身を溶かしていく。

「どっかの誰かさんが守ってくれたから、疲れてないよ」 

 いたずらっぽく笑うアンバー。

 

 いつか目を奪われ、命を落とす運命を背負いながら―それでも無邪気に笑えるようになったのは、自分が守っているからだ。その事実が、誇らしくて、そして何より愛おしい。


「…まったく、どうなっても知らんぞ」


 満月は静かに西の空へ沈む。

 その瞬間、街の外側で炎が情熱的に燃え上がり、塔の窓を赤く染め上げる。 

 それはまるで、二人の胸に灯った熱を映し出すかのようだった。

 この時だけは、すべての掟も未来の悲劇も、遠く霞んで見えた。



 それから幾年も経ち、月の塔の一室には今もあの家具が残っている。  


 ただ、そこに座るのはもうアンバーではない。

 無言で月を眺める、新たな天女――ルナだった。


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