十六夜 出会い
最初は同情心だった。
光の世界からたった一人でこの世に降り立ち、いつか殺される運命の天女。周りからの心ない言葉に傷つけられ、満月の夜は大の男四人に武器と魔術で追い詰められ目を狙われる。
自分も奪う側にいながら、可哀想だと思っていた。
コンコンコン……
「失礼するー。」
アストライオスは世話係として月の塔に来ていた。生贄天女は憂い気に、欠け始めた月を眺めていた。
「あぁ、そこ置いといて。」
そういうものの、天女はこちらを見ずに月を眺めている。
アストライオスが天女を観察すると、腕を布で押さえていることに気が付いた。かなりの血が滲んでいる。この前の奪目の儀で切りつけられたところだろう。
「......血が止まらないのか? 手当てしてやろう。」
アストライオスが近づくと、琥珀色の瞳が大きく見開き、赤い瞳を見つめる。
「......傷口が深くてさ。動いたら開いちゃった。」
痛々しい傷だった。生贄にならなければこんな大怪我をすることなく、光の世界で幸せに暮らせただろうに。そう思いながらアストライオスは手袋をした手で止血してやった。
「これでいいだろう。あんまり動かないほうがいいぞ。」
ふと顔をあげると、アンバーはわずかに笑っていた。その顔を見て、アストライオスはドキリとした。
「ありがとう。私、アンバー。君の名前は?」
「……アストライオスだ。」
これが初めてアンバーと言葉を交わした日だった。アンバーのはにかんだ笑顔は、輝く光のようだった。
◇
それから世話係としてアンバーの部屋に行くたびに少しずつ話すようになった。
彼女は過酷な環境にいるにもかかわず、底なしに明るい天女であった。時々、話が途切れるものの、自分から光の世界にいた時のことや、家族の話、好きなものについてなど、色んな話をしてくる。
ずっと誰かと話したかったのかもしれない。寡黙なアストライオスは、そんな他愛ない話を聞くのを、いつしか楽しみにするようになっていた。
ある日、いつものように世話係としていくと、アンバーが心配そうにアストライオスの腕を見た。
「アストライオス、腕怪我してるよ」
「あぁ、魔獣討伐のときにちょっと怪我してしまってな」
「じゃあ、手当てしてあげるよ」
アンバーは迷いなく、アストライオスの腕を取った。誰も気づかなかった傷に、真っ先に気づいたのは彼女だけだった。指先がかすかに肌に触れるたび、妙に熱を帯びる。
「勘違いしないでね。借りを作るのは好きじゃないから、この前のお返しだよ。」
そう言いながらも、彼女は丁寧に包帯の端を結び、小さく息を吐いた。
その瞬間、胸の奥に温かいものと、言葉にならないざわつきが同時に芽生えた。
(この天女だけは、自分の小さな傷に気づいてくれるんだな……)
ふと、アンバーの瞳に影が落ちていることに気が付いた。
何かを言いかけて、結局やめる。
――その沈黙を、後に激しく後悔することになるとも知らずに。




