最終話 満月 知ってますわよ(下)
ノックスが月の塔の屋上庭園に行くと、ルナは花壇の手入れをしていた。
花壇には二つの石碑が並んでいる。
アストライオス・セレノスとアンバー──静かな月明かりが、ふたりの名を照らしていた。
「ルナ、飯まだだろ。カペラの店に行こうぜ」
青い瞳と焦げた黒い瞳がノックスをとらえる。
「あなたはいつも突然来ますわね......まぁいいでしょう。行きましょうか。トニオにも会いたいですしね」
夜風に揺れる月の花が、甘い香りを漂わせる。ルナは土を払って立ち上がり、ノックスの隣に並んだ。
彼女はこの塔で研究を続け、民の闇の病を癒やしている。ルナのおかげで、闇の民はもはや不治の病に怯えることはなくなった。
「別に、いつ会いに来たっていいだろ」
「ふふふ、そんなにわたくしが恋しいですか?」
ルナは満足げにノックスを見上げる。からかう声の奥に、どこか嬉しさが滲む。
◇
ノックスは一度だけ、ルナに結婚しようと言ったことがある。でも、ルナは笑って、静かに首を振った。
「……わたくし、もう制度に縛られるのは嫌なんですの。それに、子をなすこともできませんし。だから結婚はいたしません。でも、ノックス。あなたがそう言ってくれて、本当に嬉しいですわ」
ノックスは胸の奥が少しだけ痛んだけれど──彼女を縛ることはしたくない。
制度にも、名にも、形にも頼らず。
ただ隣にいてくれる、それだけで充分だ。
これからの未来を、一緒に歩いていけるのなら──
◇
ノックスが優しくルナの肩を引き寄せる。
「......俺が君をどう思ってるかなんて……毎日言ってるだろ?」
「.....さあ? 忘れてしまいましたわ? もう一度、聞かせてくれませんか?」
影人の腕に身を委ねながら、とぼけて楽しそうに笑うルナ。
「まったく……頭いいくせに。こういうときだけ忘れたフリするんだから」
ノックスは小さくため息をつきながらも、その瞳をまっすぐ見つめた。
天人の輝く青い瞳が重なるように向き合う。それはまるで満月の夜に照らされた蒼い鏡が、互いの心を映しあっているかのようだった。
「……愛してるよ、ルナ」
ルナの長い睫毛がふるえ、唇がわずかにゆるむ。
「知ってますわよ……ずっと前から」
白い指先がノックスの頬を優しくなぞる。
ルナの青い光をたたえた右目が、まっすぐに彼を見つめる。
そして、ノックスも同じように――
自分の中に宿った、ルナの左目で彼女を見返す。
彼女の手にそっと顔を預けるようにして、ふたりの距離が近づく。
ゆっくりと―-
互いの温もりを確かめ合うように、唇が重なった。
足元では、アンバーとアストライオスが夢見た、希望の花――
月の花が、風に揺れ、柔らかな光をまとってそっと揺れている。
◇
「……そういえば」
ふとルナが思い出したように言う。
「狩人オリオンの影が舞台化されるのですよ。来月から観られるそうですよ」
ノックスの青い左目がきらりと輝く。
「マジか!? 一緒に観に行こうぜ!」
それを聞いたルナはくすりと笑う。
「ええ、もちろん。あなたと観られるように、手配済みですわ」
「……やっぱり最高だな、ルナ」
ノックスが照れくさそうに笑うと、ルナも肩を寄せ合いながら小さく笑った。
夜空の満月は、ふたりを祝福するかのように、静かに光を降らせていた。
◇
―終わり―
お読みいただきありがとうございました。
今後は後日談をあげていこうと思います。
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