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満月 天女の瞳

 ノックスはルナの言葉に耳を疑った。

「え……? 目を? な、何言ってんだよ……?」

 突然のことで戸惑うノックスを前に、ルナは闇の民にも聞こえるよう拡声魔術を使い、高らかに話す。


「この幾星霜、数多の天女たちが光の世界から見捨てられ、闇の世界で目を奪われ、星屑のように散っていきました。 わたくしも、この目を“奪われない”ために百年間戦い続けてきました」


「でも、今、自分の意志で、この目をあげたいと思っております。ノックス――わたくしはあなたに、光を取り戻してほしい」

 ルナは静かにノックスの焦げた黒い瞳を見つめる。 


「ルナ、そんなことしたらお前がずっと守ってきた目が...…」

「ノックス、わたくしはあなたに、もう一度世界を見てほしいのです。でもね、片目だけですよ。誰が両目なんていいました? あと、あなたのその大して見えてない目と交換ですからね。借りを作るのは嫌なんですよ。」


「ルナ...…」  


 あの頃の俺は、ただ王になりたくて、

 その目を――ルナの目を、奪おうとしていた。そう思っていたのに、  


 初めて月の塔で話した日から。だんだんルナのことを知って、大切に守りたくなって、一緒に歩きたくなって……


 今、俺はその目を――ルナが命を懸けて守ってきた、大切な目を、もらおうとしている。

 嬉しい。心の底から嬉しいんだ。ルナが俺のために、目を託してくれることが。


 でも、それ以上に――苦しい。


 本当に俺がもらっていいのだろうか?ルナが百年間、ずっと奪われないように必死に守ってきたその目。今までずっと、奪う儀式に囚われ、加害者側にいた。何も考えず、ひたすらルナを殺すことだけを考え、闘ってきた日々は、取り消すことができない。


(……そんな俺に、目をもらう権利などあるのだろうか?)


 動揺を隠せないノックスに、ルナが穏やかに言う。  

「本当は、あなたが光の世界から帰ってきたあの日――わたくしの心はもう決まっていたのです。あなたに、わたくしのこの目をあげようと」

「……でも、あの時はまだ、時が満ちていなかった。闇の民も、世界も、そしてあなた自身も――この目を受け取れるだけの場所にいなかったのです」


 ノックスはルナの青い瞳がキラキラと輝いているような気がした。


「ノックス、この地獄のような百年間で、わたくしのことを一人の人間として見てくれた影人はあなたがはじめてでした」

「それだけではなく...わたくしがこの世界で奪われることなく、生きていけるように道を切り開き……これ以上の犠牲がでないようにもしてくれました……」

「だから、わたくしはあなたに、この目をあげたいのです。この闇の世界で、あなたと共に立って、同じ景色を見て、一緒に歩んでいきたいから――」 


 表情がはっきりと見えなくても、その声と言葉にはルナの深い愛が感じられた。  


(ルナは本気だ。俺は......その想いに応えたい)

 ノックスは、息を呑みながらも覚悟を決めた。ルナの右手がノックスの左目に近づく。


「さぁ、ノックス、あなたの右手をわたくしの左目に...」

   

 ノックスは震える手をルナの左目に掲げる。二人の手が光を放ち、ノックスの目に、ルナの目が移植される。満月の光の中で、青く輝くその瞳が、静かにノックスの顔に馴染んでいく。


「見える……」

「フフ、あなた、赤い瞳も良かったですけど、青い瞳も悪くないですわね」


 ノックスは、天人の左目で、太陽のない闇の世界を見渡す。そこには、月光のように輝く、影人の左目を持った美しい天女がいた。


「あぁ……ルナ……綺麗だ...…」

「...…今更ですか?」


 むっとして言いながらも、ルナの青い右目から涙が落ちる。その時、ノックスも左目から水が溢れ出して頬を濡らしていることに気が付いた。 

 影人は、天人の目で泣いていた。


「……これが...涙か……俺、こんな気持ちを感じるのは生まれて初めてだ……」


 ノックスは思わず、涙で濡れるルナの頬に触れる。触れた瞬間、乾ききった砂に水が染み込むように、胸の奥が潤っていった。

 それはもう二度と戻れない光への渇望であり――同時に、ルナへの深い愛そのものだった。 


「おめでとう、ノックス……いえ、闇の王」


 ノックスとルナが片目で涙を流しながら見つめ合い、静かに手を取り合っている。

 周囲は静まり返っていた。


 やがて、観衆の中から一人、ぽつりと呟いた。


「……ノックス様が新しい王だ……」


 その声を皮切りに、どっと歓声が巻き起こる。二人の姿に感動し、胸を震わせて声を張り上げ、拳を握って叫ぶ民もいた。


「ノックス様ー!!」

「目をもらった!天女の目を……!!」

「万歳!新しい時代が始まるぞ!」


 アルトは腕を組みながら、口元に苦い笑いながら言う。

「まったく…最後に全部持っていきやがって……でも、あいつになら……任せてもいいかもな」


 カペラはいつの間にか観客席に座っており、隣のエリナの手をぎゅっと握りながら感動していた。

「……ノックス……よかったな……なあ、エリナ。俺たちにも何かできるかな…」


 リゲルは影の中で静かに立ち尽くしている。その表情は複雑だが、目だけは微かに輝いていた。

「……そうか。奪うんじゃない、“渡される”目も……あるんだな」


 ルナが民衆を見回し、小さく一礼する。ノックスもまた、ゆっくりと手を挙げ、新しい王として、静かにその場に立つ。


 二人のその瞳には、青と焦げた黒の二つの光が宿っていた。

 まるで、光と闇がひとつになったように。


 こうして――

 光を受け継いだ影人は、

 闇の王となった。


 だが、この物語はまだ、終わらない。

 本当の未来は、ここから始まるのだから――


次回、最終話です!

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