満月 最終王決定戦
満月の夜。
でも、今夜だけはいつもと違った。
月の光が闘技場を白く照らし、影人たちのざわめきが波のように押し寄せる。
今宵は「王が決まる夜」。張り詰めた緊張が歓声の底に渦巻いていた。
「ついにこの時が来た……! やっと王が決まる!」
「誰になるのかしら。ノックス様は目があまり見えないみたいだし……」
「ならアルト様か、リゲル様か……?」
期待、不安、猜疑。歓声の一つひとつが刃のように鋭く、候補者たちの背に突き刺さっていた。
◇
候補者たちは無言のまま、戦闘服を身にまとう。
互いに視線を交わすことすらなく、心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。いつもと違うのは、戦う相手がルナではなく――お互いであること。
言葉が交わされることはなく、緊張と焦燥で空気が痛いほど張り詰めていた。そこへ、長老メラクが瓶を持ってやってくる。
「候補者はみな準備できたな。それでは、この瓶の中に魔力で炎をともすのだ」
四人は瓶を受け取ると、それぞれ魔力を込める――赤、青、黄、白の炎がともった。
「ルールはもうわかっているな。それぞれその炎を腰につけ、最後まで炎が消えなかった者が闇の王だ。相手の炎を消してもいいし、守ってもよい。健闘を祈る。」
四人は闘技場へと降りる。その瞬間、闇の民の歓声が沸き起こり、空気を震わせ地鳴りのように広がった。ノックスは観客席のルナを探したが、ぼやけてしまって、どこにいるか見つけられない。
(見えなくても、きっとどこかから見守ってくれてる。絶対に――)
拳を握り、闘志を燃やす。リゲル、カペラ、アルトもまた、それぞれの胸の奥にそれぞれの思いを抱く。
◇
「――奪炎の儀、開始!!」
号令とともに、四人は散り散りになった。
ノックスは三人から距離をとりながら様子を伺う。リゲルも同じ戦法のようだ。
一方、アルトはカペラへと一直線に向かい、真っ先に狙いを定めた。
アルトの剣が空を裂くと、暴風が雷鳴のように轟き、砂塵が視界を覆った。
カペラは電気鞭で必死に応戦するも、刹那の隙を突かれ、黄色の炎が小さく瞬き――パチリ、と呆気なく消えた。
「戦意なき者は不要だ」
冷ややかな声で、アルトは情け容赦なく吐き捨てた。
ノックスは苦々しい顔をしてつぶやく。
「おいおい、早すぎだろ……」
だが、当のカペラはまるで肩の荷が下りたかのように大きく伸びをして、
「はぁ〜、やっと終わった。俺が王とか、無理無理。じゃ、みんながんばって~!」
そこには野心も焦りもなく、心底ほっとしたような笑顔を浮かべた影人が立っていた。民衆の中からは野次が飛んだが、カペラの歩みに一切の迷いはない。退場していく背中は晴れやかで、王を目指す三人とはまったく違う軽さを纏っていた。
けれどその歩みは迷いがなく、愛する人のもとへ真っ直ぐに帰っていく者の強さがあった。
すかさずアルトはノックスの方へと照準を定めた。
「……目が見えないからと言って、手加減はせんぞ、ノックス!!」
アルトが太刀をふると、闘技場内をすさまじい暴風が吹き荒れる。観客席が悲鳴をあげ、砂と風が夜空を裂いた。
(威力はすげぇが、ルナの突きに比べりゃ大した速さじゃねぇ!!)
ルナとの修練の日々を思い出しながら、わずかな視力と空気の感覚で、風の軌道を読み、炎の魔術と大剣で暴風を跳ね返す。
その隙間をぬって、リゲルの矢が夜空の流星のように飛んでくる。ノックスは最大限の魔術を駆使して炎で氷の矢を溶かしていく。
風で矢を払うアルト――だが一本だけ、鋭く横から突き刺さり、白炎を容赦なく吹き消した。
「リゲル……!お前……!」
「悪りぃなアルト。お前のことは嫌いじゃねぇが、退場してもらう」
アルトは眼鏡を押し上げ、わずかに口角を吊り上げた。
「……計算に狂いはなかった。だが、運命までは読めなかったか」
最後まで背筋を伸ばし、静かに歩き去る姿は、敗北すら誇りに変える冷徹さを帯びていた。
白炎が掻き消えた瞬間、観客席の熱気が爆ぜるように高まった。闘技場に残るのは赤炎と青炎――ノックスとリゲル。炎と氷が揺らめき、観客の興奮は頂点に達していく。
◇
闘技場の上段、王族や貴族が並ぶ特別席。
その中央には、かつて「生贄」として闇に送られたはずの天女――ルナが腰掛けていた。
今やルナは、誰も治せなかった闇の病を癒せるただ一人の存在。彼女の視線はただ一人――赤い炎を纏った影人に釘付けだった。
そして、歓声にかき消されそうな声で、ただ一人に向けて呟いた。
「……ノックス。わたくしは信じています。あなたなら、必ずできます」
その声が闘技場の影人に届くことはない。だが、月光に照らされた横顔は、揺るぎない確信に満ちていた。
◇
観客席から轟く声援が渦を巻く中、リゲルの狩人のような眼差しがノックスを射抜いた。
「さぁ、ノックス……俺はずっとこの日を夢見ていたぜ……俺とお前の一騎打ちだァ!!」
ノックスは炎が揺らめく大剣を構える。、胸の奥から熱を噴き上げる。
「リゲル……俺も分かってた。避けられないってな。 来い!!」
炎が唸りを上げ、氷の矢が煌めく。 赤と青の光が交錯し、闘技場全体が灼熱と極寒に引き裂かれるように揺れた。
観客の興奮は最高潮に達する。赤い炎と青い炎が揺らめき、対峙していた―
ここから先は、力と心、そして信念のぶつかり合い――




