三日月 決戦準備(中)
毎夜毎夜、ルナはノックスの訓練に何時間も付き合ってくれた。
しかし、何度挑んでもノックスの腰の炎は、ほんの数合でルナの剣に触れられ、あっけなく消えてしまう。
残された時間はそう多くない。
焦燥感が胸を焼き、ノックスは息を荒げながら大剣を構え直した。
「視力に頼るなと、何度言ったらわかるのです」
ルナがすっと剣を構える。
「聴覚、触覚、嗅覚……すべてを総動員しなさい」
「はいはい、やればいいんだろ!」
軽口を叩きつつも、その声には疲労と苛立ちが滲む。
額の汗を手の甲でぬぐい、ノックスは小さくため息をついた。
ルナは息切れしながら剣を下ろし、ゆっくりと近づいた。
「また眉間にしわが寄っていますわよ。そんな顔していたら変に力が入ってしまいます」
そして優しく両手でノックスの頬を包み込む。
「わたくしは知っています。あなたなら必ずできると。だから――自分を信じて」
青い瞳が、夜の闇の中で静かに、宝石のように輝く。
その言葉と手袋越しの天人の体温が、冷えかけた心をゆっくりと溶かしていく。
「……わかった」
ルナが再び剣を構えた。
「行きますよ」
風を切る鋭い音とともに、ルナが踏み込む。
ノックスは耳を澄ます。
足音が近づく間合い、布の衣擦れ、短く息を吸う気配――
見えなくても、“そこにいる”感覚が少しずつ鮮明になっていく。
ガキィン!
今度はギリギリで剣を受け止め、炎を守り切った。
ルナがわずかに目を細める。
「……悪くありませんわね」
珍しい褒め言葉に、ノックスの口元がわずかに緩む。
だが――次の瞬間、ルナの剣先が視界の外から回り込み、瓶の炎を突き消した。
「……っ!」
悔しさで奥歯を噛みしめる。
「褒めたからといって、油断してはいけませんわ」
ルナはくるりと剣を回し、構え直す。
「でもその調子ですよ! 満月の夜まで、あと少しみっちり叩き込みますから覚悟なさい!」
ふとノックスは、ルナの息がはぁはぁと上がっているような気がした。
「ルナ、毎日毎日、長時間俺に付き合って疲れてないか?」
「そっ……そんなことはありませんけど?」
ルナの表情ははっきりと見えないけれど、返事に一瞬、間が空いたのを聞き逃さなかった。
ノックスは剣を置いて、軽々とルナをかかえて月の塔へ歩きだした
「ちょっと...…何するんですか! 訓練の途中ですよ!」
「疲れただろ、今日はもう終わりにしようぜ」
「自分で歩けるので降ろしてください」
「こうでもしないと続けるだろ。ルナ先生に倒れられたら困るからな」
「まったく...…」
ルナは呆れた様子だが、観念したのかノックスの首に手を回す。
そこでノックスはルナの腕がガクガク震えていることに初めて気が付いた。
(手加減してたけど、俺の力でまともに弾き返したら駄目だな...…ルナの腕がいかれちまう...…明日からは全部避けないと...…)
無理をしてでも、ずっと練習に付き合ってくれ、励まし協力してくれるルナ。
そんなルナの支えで、ノックスは光と自信を失いながらも前を向くことができた。
ルナはいつも通り平然としているが、天女を抱えながらノックスは胸が熱くなるのを感じた。
「じゃあこのまま、月の塔の上まで階段登ってくださいね。負荷鍛錬です!!」
「そんなの楽勝だ!」
二人は笑い合いながら、月の塔へと帰っていった。
石畳の隙間から月明かりが銀の川のように流れている。遠くで夜番の鐘が鳴り、風が街灯の炎を小さく揺らした。
ノックスの腕の中で、ルナの銀髪が風にほどけて頬をかすめる。ほのかな香りと、体温が近い。
「……訓練用の剣よりも軽いな」
「……ふふ、そうですか? それじゃあ鍛錬になりませんね」
そう言うとルナはノックスに優しく頬を摺り寄せる。
絹のようなすべやかな肌の感触と、懐かしい光の郷愁が混ざりあい、ノックスの心を焦がす。愛おしさと心地よさが胸を満たし、ずっとこのままだったらいいのにと思ってしまう。
月の塔の影がだんだんと近づいてくる。
その高みから差し込む光が、まるで二人を導く灯台のように静かに輝いていた。
その光は、次の満月までの短い時間を、優しく照らしていた。




