更待月 闇王崩御
ノックスが光の世界から帰ってきてから、アストライオスは急激に衰弱していった。
まるで、この百五十年間の緊張の糸が切れてしまったようだった。
危篤の知らせを受け、ノックスとルナが王の部屋によばれた。
薄暗い部屋の奥、豪奢な寝台に横たわるアストライオスは、息も絶え絶えに二人を見つめる。
「ノックス、お前には……感謝している。お前のおかげで、やっと……この無意味で残虐な制度を終わらせることができた……」
「伯父上......」
ノックスはアストライオスの岩のようなごつごつした手を強く握りしめる。小さいころは大きかった伯父の手が、今は弱弱しく力がない。
アストライオスは小さく息を吸い、遠くを見るように目を細める。
「……アンバーと約束した花も、ようやく咲いた。……あの花が、ルナ……お前を生かしてくれたのだな……」
その言葉に、ルナはそっと頷く。
あの花壇に咲く白く透き通る花びらが、夜風に揺れる光景が、まぶたの裏に浮かんだ。
「あの花がなければ、わたくしは……今も奪目の儀で戦っていたでしょう。……感謝しております、アストライオス王」
王はかすかに笑みを浮かべた。
「かつて王候補者だった時に、制度を変えようとしたこともあったが……力が足りず、アンバーを救えなかった。だが……彼女の目を得て王となり、権力を得て……数奇な運命が重なり……ようやく……終わらせることができた。……皮肉なものだ」
長く閉ざされていた扉が、ようやく静かに開かれたような感覚が、部屋に満ちる。
「……これで、すべてが終わった」
アストライオスは小さく頷き、ふと遠くを見るように目を細めた。
「ルナ……頼みがある。私の亡骸を焼いたら……灰を……あの花壇に……撒いてくれ……アンバーと……一緒に……いたいのだ……」
「わかりましたわ...…お任せ下さい……」
ルナの青い目には涙が光る。
そこへ、部屋にリゲル、アルト、カペラが入ってきた。
「候補者たちよ……新しい時代を生きよ。王が……誰になろうとも……闇を守り……導いていけ……」
「承知しました...…アストライオス王...…」
最後の力を振り絞ってそう言うと、ふぅっと深いため息をつき、アストライオスは息を引き取った。
アルトは腕を組んだまま、表情を変えずに王の最期を見届ける。
その瞳には冷ややかな光が宿っていたが、ほんの一瞬だけ赤い瞳が揺らいだ。
リゲルは口を引き結び、黙って王の言葉を聞き入れた。
だが胸の奥では野望が熱を帯び、抑えきれずに滲み出ていた。
カペラは目を伏せ、小さな声で言った。
「……お疲れさまでした、アストライオス王……」
ノックスは、かすかに温もりの残る伯父の手を、そっと包み込むように握り続けていた。
(伯父上……どうか、先代天女のもとへ。安らかに……)
悲しみに沈む暇すらなく、彼の胸には今、ずしりと重い責任と、これから始まる戦いへの緊張が満ちていた。
「アストライオス王、崩御」
その知らせは瞬く間に広がり、民は広場で黙祷を捧げた。
空は雲に覆われ、いつもより月の光は遠く、王の死を悲しんでいるようだった。
次の王を決める、満月の夜が迫りつつある。




