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寝待月 新しい王の決定方法

 数日間の休養を経て、ようやく体を起こせるようになったノックスは、王と長老からの呼び出しを受けて王宮へ向かっていた。

 石畳の冷たい廊下を歩くたび、松明の揺れる灯りが黒く焼けたその瞳に不規則な影を落とす。


 角を曲がったところで、アルビレにばったり出会った。


「あら……ノックス様、その後お身体はいかがですか?」


 以前の浮き立つような声音はどこにもなく、氷のように冷たい響きがそこにはあった。


「だいぶ良くなったぞ。まぁ、目が焼けて……あんまり見えなくなったけどな」


 ノックスには見えていなかったが、アルビレの表情からは一瞬で光が消えていた。

 そこに残っていたのは、失望すら薄い――興味を失った玩具を放り出す子供のような、空虚な冷たさだった。


「そうですか……大変でしたわね。……お大事になさってくださいね」

 言葉だけを残し、アルビレはさっさと去っていった。振り返りもせず、足取りに未練は一切ない。


(今まであれほどまとわりついていたのに、急になんなんだ? まぁ、こっちとしては都合がいいけど……)

 ノックスは肩をすくめ、王の広間へと急いだ。


 だが廊下の角を曲がった陰で、アルビレは爪を噛みしめ、顔を歪めていた。

「目が見えなくなるなんて……! 光の世界なんて行くから……! ノックス様が王になる可能性は低い……もう用無しね……」

 その声音には悔しさも悲しみもなく、ただ冷えきった打算だけが滲んでいた。


 ◇


 広間に足を踏み入れた途端、ざわりと空気が揺れた。

 候補者たちの視線が一斉にノックスの黒く焼けた瞳へと集まり、重苦しい沈黙が場を支配する。

 高窓から差し込む月光が冷たく床を照らし、その光がノックスの姿を一層際立たせていた。


 王座に腰掛けたアストライオス王は月よりも顔が青白い。今にも椅子から崩れ落ちそうで、座っているのがやっとといった様子だ。両脇には長老たち、そして候補者三人が居並んでいた。


「ノックス、光の王との謁見、ご苦労だった」


 長老メラクが口を開いた。ノックスが広間の片隅に目をやると、ルナも同席しているようだった。銀髪が月光を受け、静かに揺れている。

 杖をついたメラク長老が、一歩前に進み出る。


「ノックス、お主には選択肢がある。このまま王候補として王座をかけて戦うか、それとも候補を辞めるかだ。その焼けた目では……次の満月で行なわれる最終決定戦は明らかに不利になる」


 老いた声が一瞬だけやわらぎ、父のような温かさを帯びる。


「……お前のやったことは偉業だ。王にならずとも、英雄として今後の生活は保障しよう」

 言葉にあわせて、杖の先が床をコツンと鳴らした。


 ノックスは唇を噛み、拳を強く握る。胸にこみ上げる葛藤で喉が詰まり、声がなかなか出てこない。


「逃げ道を……用意されると迷うな……」


 ようやく吐き出した言葉はかすれ、だが次には力を帯びていた。

「……でも俺は、天人の目がなくても……光が見えなくても、この世界を守っていきたいんだ。だから……候補者を続けます」


 広間の空気が一変する。


 カペラは胸を撫でおろすようにして、安堵の笑みを浮かべた。

 腕を組んでいたアルトは口元に薄い冷笑を浮かべ、眼鏡を押し上げる。

 リゲルは伏せていた視線をすっと上げ、射抜くような眼差しでノックスを見据えた。燃え盛るような闘志がその瞳に宿っていた。

 そして隅に立つルナだけが、黙って彼を見つめていた。

 その青い瞳はかすかに揺れ、口元には安堵とも誇りともつかぬ微笑が浮かんでいた。

 それは誰よりも彼の選択を信じ、支える者の顔だった。


「……わかった」


 メラクが頷く。


「新しい王決定方法――奪炎の儀式について、説明しよう」


 合図を受け、従者たちが四脚の銀の燭台を中央へ運び込んだ。

 ひとつひとつに炎が灯され、ゆらめく光が石壁に長い影を踊らせる。

 メラク長老は燭台の炎を指し示し、ゆっくりと言葉を続けた。


「決戦の夜、候補者はそれぞれ魔術によって自らの炎を掲げることになる。その色は、ただの火ではない。心根を映す灯――命そのものだ」


 長老は一人ずつ視線を巡らせる。


「赤は激情と力――仲間を守るために燃える炎。烈火のごとく荒々しくも温かい。」

 ノックスの拳が自然に握りしめられる。


「青は知識と野心――野望とともに高みを目指す炎。星の光のように鋭く、蒼穹へ昇る」

 リゲルの切れ長の美しい瞳がさらに鋭くなる。


「黄は温もりと絆――家族を照らす炎。焚き火のように穏やかで寄り添う者を温める」

  カペラがふっと家族を思い出すように微笑む。


「白は厳格と冷徹―情を排し、計算のみに従う炎。刃のごとく冷たく純白に燃える」

 アルトが眼鏡を押し上げ、何も言わず静かに炎を見据える。


「……そして、そのいずれもが王の資質たり得る」

 揺れる燭火の影が石壁を走り、候補者たちの顔を赤・青・黄・白の光が重なり合って照らすように見えた。


「候補者はそれぞれ炎を持つ。自らの炎を守るもよし、相手の炎を消すもよし。炎が消えた時点で脱落とする」  


「そして......最後まで炎を灯し続けた者こそが、新たな王となる」

 その言葉を聞き、四人の候補者の顔に緊張が走る。


 アストライオス王がうつろな目で炎を見つめながら、声をふり絞った。

「炎は……命……守ることの難しさを知る者こそ……王に……ふさわしい」


 静まり返った広間に、炎の揺らめきだけが淡く音を立てていた。


 こうして、それぞれが決戦の夜に向けて歩み出すこととなった。



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