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夕暮れ 太陽の花の種

 ダイヤモンドのように輝く光を浴びながら、ノックスは来た道を引き返していた。


 街を行きかう光の民たちは、数刻前に王城で歴史的な大事件があったことなどつゆ知らず、それぞれの日常を過ごしている。


 街はずれの露店を通りがかったとき、ノックスは繊細な細工が施されたガラス瓶のラベルにふと目をやす。見覚えのある絵が書いてあった。


 太陽の花だ。


 美しい小瓶の中にはたくさんの種が入っていた。


(太陽の花の種だ……。光の世界では、こんなふうに普通に売ってるのか)


 ふと、ルナが「闇の世界で咲いた花からどれくらい種ができるのかわからない」と言っていたことを思い出す。値札を見ると、ルナからもらった金貨で十分に買える値段だった。


(光の世界に来た記念だ。お土産にしてやろう)


 ノックスは親切心で露店の店主に話しかけた。


「すいません、これ1つください」

「はいはい、金貨1枚ね」


 ノックスは袋から金貨を出し、左手で店主に渡した――その瞬間、脳裏にルナの声がよぎる。


 ――光の民は右手しか使いません。絶対に左手で物を渡してはいけませんよ。


 仮面の奥で、ノックスの額に一筋の冷や汗が流れる。慌てて手を引っ込めたが、遅かった。

 店主の眉がわずかに動き、口元が不気味に歪む。


「……お前、今……左手で……?」

 アメジストのように紫色に光る瞳が、ノックスをとらえた。


 胸が一気に跳ね上がる。まずい。バレた。

 種をポケットにしまい、背を向けた瞬間――


「ここに影人がいるぞぉぉぉ!!」


 周囲の空気が一瞬で張りつめ、ざわめきが怒号に変わる。

 振り返った光の民たちの目は、氷のような侮蔑で光っていた。


「キャアアーッ! なんで影人が!」

「失せろ! 闇に帰れ!」

「汚らわしい下等生物め!」


 魔法の光が四方から飛び交い、火花が弾ける。

 背中に氷の破片が突き刺さり、肩口を熱風がかすめる。誰かが足を引っ掛けてきた。

 体勢を崩した瞬間、顔に岩を投げつけられたような衝撃が走り、仮面が弾け飛んだ。


 その瞬間、視界が真っ白になる。


「うわぁぁぁーッ!!」


 赤い瞳で見た光の世界は、恐ろしいほど眩しかった。

 白すぎて何も見えない。目がチリチリと焼け焦げていくのを感じる。


「こいつ、天人の目を持ってないぞ!」

「なのに光の世界に侵食してくるとは……!」


 ノックスは焼ける目を必死に隠し、種を守ろうとするが、魔法の衝撃で何度も体が揺さぶられる。

 とめどない暴力に反撃することができない。


(あぁ……もうこれまでか――)


 そう思った、その時。


 遠くから金色の縄が、蔓のように伸びてきた。

 瞬く間にノックスの体を拘束し、宙に引き上げる。


「光の民よ、安心したまえ! こやつは私に任せろ!」


 よく通る声が群衆を割った。

 ノックスは眩しさの中で、その声に聞き覚えがあると気づく。


「……ソル様だ!」

「ソル様が来てくださった!」


 青い目をした白馬に乗ったソルが、ノックスに触れないよう金色の縄を操りながら群衆に呼びかける。


「みなさん、もう安心ですよ。この影人は僕が闇の世界に戻しておきますので」


 そう言ってソルはノックスを連れ、街を抜けていった――。


 ◇


「...…大丈夫かい? 君、この前、闇の世界でルナと一緒にいたよね」


 ソルは闇の世界への門の近くでノックスの拘束を解き、木陰に座らせてくれた。

 それだけでなく、白い布で目を覆ってくれ、冷たい水を渡してくれた。 

 

「すまない...…俺はノックスだ。ありがとう」 


 満身創痍のノックスは光の民の差別を全身に受け、恐ろしくて身体の震えが止まらなかった。 


「この前は闇の国でお世話になったからね。僕たちは借りを作らない主義なんだ。……しかし、あんなに寄ってたかって虐めるとは想像してなかったよ。なんでそんなに闇の民を嫌がるかな~。確かに闇の世界は暗くて臭いし不潔だけど、影人は目が赤いだけで他は何も変わんないと思うんだけどな」 


 相変わらず無自覚な発言だ。良い奴なのか、ムカつく奴なのかよくわからない。


 ふと、ノックスはポケットに手を突っ込む。種が入った瓶は割れていなかった。 


「よかった、無事だった...」


「それは太陽の花の種かい? こっちだと万能薬なんだよ。一家に1輪は必ず咲いてるね。僕も闇の世界に行った後、闇の世界で穢れたのか身体に気味の悪い黒いブツブツができたけど、太陽の花の朝露ですぐ治ったよ」 


「そうか……! だからルナはこの花を治療に使っているのか! ルナは月光で太陽の花を咲かそうとしてる。俺らにとってこの種は希望なんだ」 


 ノックスはソルからもらった水を飲みながら期待に胸を膨らませた。


「そうか、ルナが...…光の世界はきれいだし、清潔で快適な場所なんだけど、みんなあまり人に関心がなくて冷たくてね。そんな中でも、ルナは珍しく思いやりがあって優しい子なんだ…...」


 ソルの言葉はきっと本当なのだろう。ノックスがルナと一緒に過ごした日々の中で同じことを感じていた。


「先程、エリオス王から門を破壊すると聞いたんだ。でもね、君たちはもうこんなところに来ない方がいいと思うんだよね。光の民は心の底から闇の民を嫌ってるんだ。僕の力ではどうにもできない」


 そう言いながら、ソルはノックスの右腕を取って歩き出した。


「門まで送るよ。目を覆ってるし何も見えないだろう?」 


 洞窟の中をどれくらい歩いただろうか。門の前あたりで、ソルが切なそうな声で言う。 


「...…ルナは、元気にしてるかい。」


「あぁ...…闇の世界でも色々あって、ルナはもう目を奪われて殺されることはないんだ。これからは安心して生きていけるはずだ」


 ノックスが言うと、安心した声でソルが言う。


「そうか、よかった...…もう二度と会えないのはつらいけど、あれから色々考えたんだ。きっとルナにも事情があるんだろうって。悲しいけど、彼女の意思を尊重するよ」


 手袋をしたソルの左手が、ノックスの左手を握る。

 それは、光の民が決して使わないはずの手――


 けれど、彼は迷わずその手を差し出した。


「……ルナをよろしくね、ノックス」


「あぁ、色々ありがとうな、ソル。元気でな」 


 ノックスには、ソルがどちらの手を使ったのか、見ることができなかった。

 手袋越しにソルの温かい体温を感じる。 


 ノックスは静かに闇の世界へと戻っていった。 

 光を焼かれ、希望を手に握って――


 最終章、第4章も引き続きお楽しみください♪



本作の山場である3章をお読みいただきありがとうございます!

闇の世界が大きく変わった章でしたが、いかがでしたか。


いよいよ4章は最終章です!

王候補たちの最終決戦が迫っています!


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