昼 光の王との謁見
王の間の扉の中は、天井の高い白亜の空間に、目が焼けそうなくらい光が降り注いでいた。
奥には、銀と金でできた王座に腰掛けた光の王が、まるで彫像のように冷たく静かに佇んでいる。
光の王、エリオスは、真っ白な肌に銀色の長い髪、きらめく青い瞳をしている。
どこかルナの面影を感じさせるような、若々しい見た目である。
その青い目は、まるでノックスの存在など塵にも値しないと言わんばかりに虚ろで、感情の欠片すら見えない。
ノックスは光の王が放つ威圧感に圧倒されながらも、眉をひそめた。
(なんだこの人形みたいなやつ……本当に生きてるのか?)
「貴様。天人の目を持たずに光の世界に来たのか。我らは律儀に約束を守って定期的に天女を送ってやったというのに、恩を仇で返すとはな。全く……これだから影人は信用ならんのだ」
感情のない冷淡な声でエリオス王がいう。
ノックスのこめかみがピクリと動いた。
(律儀って……ルナは生贄だぞ、よくもそんなことが言えるな……しかも「送ってやった」ってなんだよ……ふざけんなよ……)
ノックスは得体のしれない嫌悪感を感じながらも膝をつき、王の前で深く頭を下げた。
「私は、闇の王、アストライオスの名代として参りました。王の命により、光の世界への扉の鍵をお返しに参上いたしました。」
光の王はわずかに片眉を上げる。
「……返す? それはなぜだ。」
ノックスは、まっすぐに王を見た。
「もう、天人の目は必要ありません。 我ら影人は、今後一切、光の世界に干渉しません。
あなた方は、もう闇の世界に生贄として天女を送らなくて良い。それが、闇の王の願いです。」
エリオスは眉をわずかに動かした。
「……目が、必要ない……? ほぅ、やっと気が付いてくれたか。貴様らが天人の目を得て太陽を見れるようになったところで、お前たちは光の世界で暮らしていけないのだと。そんな簡単なことを理解するのに一体、何万年かかっているのだ。本当に影人は愚かだ。これだから嫌なのだ」
エリオスの視線は冷えきっていて、まるで土を這う虫けらを見るようだった。
ノックスは光の王の氷のような冷たさに言葉を失う。
(こいつ……天人の目の力が太陽を見るためだってこと、知ってたんだな……なのになんでルナに教えてないんだ……)
「……それなのにお前たちは、愚かにも憧れ続け、こちらへ来ようと足掻いてきた。だからこそ、我々は仕方なく生贄を闇へ送り込むしかなかったのだ。貴様らの無意味な欲望を封じるためにな」
そう吐き捨てたあと、王はすでに興味を失ったように、話を切り上げた。
「……して、それは王である私の娘を、ただの道具として使い潰してきた上での言葉か?」
ノックスは、一瞬、返す言葉を失った。
「……ルナは……あなたの娘なのですか?」
エリオスは顔色一つ変えずに淡々と、今日の天気の話をするように話す。
「そうだ。生贄はこの世界を統治する王の一族から出す決まりになっている。誰もあんな世界には行きたくないからな。これも支配者としての義務だ。 生贄を一人出すことで、影人が光の世界に来ないならそれでいいのだ。大勢のためにわずかな犠牲は止むを得ないと思っている。」
ノックスは無意識に拳を握りしめていた。
(それが……目を奪われ殺されていい理由になるのかよ...…?! こんなやつが、ルナの父親なのか……)
ふと、玉座の横に、黒くなった花と白い花が浮いていることに気が付いた。
それを見つめているノックスに気づいた王が話し出す。
「これが気になるか闇の若造。この花はルキウスフラワーという。花の色で、闇の世界に落とされた天女の状態がわかるのだ。白は天女が生存、赤は目だけが機能している状態。
黒は目をもった影人が危篤のときだ。そして、目を持った影人が死ぬ、または目を持ったままの天女が死ぬと枯れるのだ。」
光の王は二つの花を横目でちらりと見る。
「しかし、アンバーの目の持ち主は、なかなかくたばらないな? アンバーの花が黒くなったときは、もう目の持ち主は長くないと判断した。だから生贄としてルナを送ってやったのだが、なんだかんだ百年経っても枯れていないし、ずっと白いままだ。あやつ、目を奪われないように頑張っているのだな。……しかしこんなことははじめてだ。」
さっきから王の言葉には何の感情も感じられない。 ノックスは強い憤りを感じる。
「そなたらが、我ら光の民の目を欲しがるのは本当に滑稽だったよ。見た目が同じになれば天人になれるとでも思っているのか、と」
天人の王は、はぁーっと長い溜息をつく。
「……ルナは四人姉妹の長女だ。これでもう、他の娘たちを生贄に送らずに済む。私の可愛い娘を犠牲にするのは、一人で十分だ。闇の王の申し出はこちらとて好都合……」
そういうと、ノックスが差し出した鍵が宙に浮き、エリオス王の手元へと飛んでいく。
「……あの門は我が一族の太陽契約により作られた。王族の血を継ぐ我のみが、魔術式を操作できる。だが……」
「それを壊すには、お前たちが持つその鍵が必要だった。ようやくこれで、門を閉ざすことができる」
ふと思い出したように、エリオスは軽やかに言った。
「あぁ、でも今、そっちにいるルナは光の世界に戻さなくていい。もう闇に穢れてしまっているからな。焼くなり煮るなり好きにしてくれ」
ノックスは目を見開き、口元がひくついた。
(……今、なんて言った? 娘のことを、使い捨てのゴミみたいに……!)
今にも殴りかかりそうな衝動を必死に押さえ込む。
だが怒りの熱は腹の底から湧き上がっていた。
「我々は貴様らのことを全く信用していない。今後一切関わりたくもない。お前が帰ったら、光の世界への門を破壊する。ということで小僧、寄り道しないでさっさと汚らしい闇へ戻るがいい」
そういうやいなや、エリオスはふわりと手を軽く上げた。
次の瞬間、ノックスの全身を押し潰すような力が襲いかかる。
骨が軋み、呼吸が止まり、抗う間もなく視界が白に呑まれた。
気づけば、冷たい石畳の上に叩きつけられていた。
王城の外――門の向こう側だ。
ノックスは必死に肩で息をする。
全身の骨が軋むのを感じながら、光り輝く王宮を睨みつける。
(光の王……あれで本当に“人”か? あんなやつが支配者で、親で、王だって? 冗談じゃねぇ...…化け物め……伯父上の方がよっぽ優しいわ...…)
同じ言葉を話しているのに、
話が全く通じなかった。
それでも、帰らなきゃならない。
(……どんなに綺麗でも、こんな世界で暮らしていくことなんて、絶対できない)
ノックスはふらふらと立ち上がり、来た道を歩き出した。
ルナと、みんなが闇の世界で待ってるから。




