満月 民衆への宣言
ノックスの決意を聞き、アストライオス王は静かに頷いた。
「よかろう。私にはできなかったことを……お前に託す……光の王への謁見は任せたぞ、ノックス。……では、民に告げよう。奪目の儀は廃止する、と」
王の宣言に広間が凍りついた。
歴史が大きく揺らぐその瞬間に立ち会った長老たちは息を呑み、候補者たちは互いに視線を交わす。
こうして、長き伝統に幕を下ろす発表が、民衆の前で行われることとなった。
◇
満月が南西の空に鈍く光る頃、王宮前の広場は闇の民で埋め尽くされていた。
ざわめきと期待と恐怖がないまぜになった熱気が夜気を震わせる。
アストライオス王は力なくも威厳を纏い、玉座の段から立ち上がった。
その声は、老いた喉から搾り出すようでありながら、広場全体を震わせた。
「皆も知っての通り、天女ルナのおかげで闇の病が治り、多くの命が救われた」
群衆がざわめき、誰かが「ルナ様!」と叫ぶ。
祈るように手を合わせる者、涙を拭う者の姿があちこちに見えた。
「もはや、闇の民を救ってくれるルナを犠牲にする意味はない。今夜より――奪目の儀は、廃止する!」
その瞬間、広場に歓声が爆発した。
「やったぞ!」「ルナ様万歳!」と叫ぶ声、抱き合って泣き崩れる親子。
王の声は群衆の喜びを押し切るように続いた。
「そもそも、天人の目に宿るという“心を読む力”は、虚構である!――奪目の儀は、ただの見世物にすぎない」
その言葉に、民衆たちは水を打ったように静まり返った。
だがすぐに怒号が走る。
「ありえぬ!」「嘘を言うな!」
「我らの祖先は、その力を信じて生きてきたのだ!」
反発の声が波のように広がる。
ルナが民を見下ろして言う。
「天人の目は太陽を見るためだけのもの。影人達の心を見通す力など、最初からありません」
アストライオス、民の動揺を抑えるように続けた。
「長きにわたり、わたしはこの迷信を正せなかった。王としての罪だ。……ルナは民を救ってくれた。だから、制度を変える」
「そしてもう一つ……光の世界に共存の意思はない。差別と憎悪しかない。天人の目を奪った者も、光の国では差別され、生きてはいけない!」
「差別……?」
「そんな……」
小さな呟きが恐怖と混乱を帯び、広場全体をざわつかせた。
アストライオス王は揺れる群衆を見下ろし、声を張り上げた。
「奪目の儀は廃止だ!次の王は、満月の夜に新しい方法で選ぶ。決まり次第、必ず民に告げよう」
「だが――奪目の儀を完全に終わらせるためには、光の王と協定を結び、光の世界への道を閉ざさねばならぬ!」
希望と恐怖、歓喜と不安が渦を巻き、広場を揺らす。
「扉を閉じる……?」
「光の王に会うだと……?」
民衆の困惑と絶望が入り混じり、夜空へとざわめきが響き渡る。
ノックスの胸の奥に冷たいものと熱いものが同時に広がる。
(これが、数万年の幻想を壊すということなのか……)
「扉を閉じるための最後の交渉は、候補者ノックスが行う」
ノックスは王の横に進み出て、広場を見渡した。
一瞬の沈黙。
「ノックス様だ……!」
「俺たちのノックスが……!」
すぐに歓声が湧き起こり、民の声が彼の名を呼んだ。
「無謀だ」と不安げに呟く声も混じったが、そのざわめきはやがて「頼んだぞ!」「ノックスならできる!」という叫びに押し流されていく。
ノックスは群衆を見下ろし、短く言い切った。
「俺は必ず戻る。この闇の世界を未来へ繋ぐために!」
民衆の熱気が夜空を震わせる中、ノックスは胸の奥で静かに呟いた。
(この悪しき慣習を、俺が終わらせる。……絶対に。)
民たちは完全に納得したわけではない――
だが、暴動には至らなかった。
広場に残るざわめきの中、ノックスはルナと視線を交わし、静かにうなずいた。




