表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の本質  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/36

第二十六章「神を盗め――知床脱出と、血の継承」

 雪嵐は、強くなっていた。

 施設の外はすでに吹雪と化し、ヘリの到達も難しい。


 


 凛子はH-エリの肩を支えながら、廊下を駆ける。

 惇が前方を警戒し、拳銃を片手に進む。


 


 「このままじゃ包囲される……!」

 惇が声を荒げる。


 


 H-エリの体温は異常に低く、凛子の腕を伝う指先もまるで氷のようだった。

 彼女はまだ完全に覚醒しておらず、歩くのもやっとだ。


 


 「彼女は“覚えてる”の。記憶の中に――何かがある」

 凛子の脳裏に、彼女のつぶやいた一言が残っていた。


 


 >「……また……わたしを……見るの……?」


 


 それは、何度も観察され、改造され、名を奪われた者の声だった。

 Z-9でも、H-エリでもない、**最初の“わたし”**を知る者の声。


 


 廊下の先に、複数の足音が迫ってきた。

 黒い外套を纏い、無表情な信徒たちが押し寄せてくる。


 


 「“灰原エリ”を引き渡せ。

 彼女は“再神格化”の器として定められている」


 


 その中央に立っていたのは、再び現れた日向小夜子だった。

 彼女の表情には哀しみの色が浮かんでいた。


 


 「あなたたちには分からない。

 彼女はただの人間ではない。あの血を継いでいる」


 


 「血……?」

 凛子が問う。


 


 日向は頷く。


 「月読計画は、実験ではなかった。継承だったのよ。

 “神の記憶”を人間の子宮で受胎させ、血統を操作した。

 Z-9も、H-エリも……始まりの“E0”という少女の子孫」


 


 惇が息を飲む。


 「じゃあ……本物の“神”は、すでに死んでいた……?」


 


 「ええ。E0は処分された。でも彼女の“遺伝構造”だけが生き延びた。

 H-エリは、“記憶なき神の娘”。

 だから私たちは彼女を神に戻す。

 自己を知らない神ほど、制御しやすいものはないから」


 


 その瞬間、凛子の中で何かが切れた。


 


 「だったら、私が連れていくわ。この子を、あなたたちの“神”にはさせない」


 


 日向は銃を向けようとしたが、惇が先に撃った。

 銃声がこだまする。弾は日向の肩をかすめ、後ろの信徒が崩れ落ちた。


 


 その隙をつき、三人は側道へと逃げ込む。

 施設の奥にある非常口が唯一の脱出口だ。


 


 だが、扉の先は吹雪。

 外気温はマイナス25度。

 生身での移動は不可能だった。


 


 「……ここしかない」


 


 惇が示したのは、かつて医療搬送用に使われていた試験用の雪上車だった。

 バッテリーはかろうじて生きている。


 


 凛子はH-エリを抱き上げ、車内のカプセル型保温室に寝かせる。

 そのとき、彼女がふと目を開けた。


 


 「あなた……わたしを……“ひとり”にしないで……」


 


 凛子は静かに頷いた。

 「絶対に置いていかない。あなたは“名前”を持っていいの。

 “神”でも、“実験体”でもなく……ただ、あなただけの名を」


 


 エリの唇が、微かに動いた。


 「じゃあ……“アイ”と呼んで……」


 


 それは、彼女自身が選んだ名だった。


 「わかった。……アイ。さあ、帰ろう。生きて、名前を持って」


 


 雪上車が唸りを上げて動き出す。

 白い吹雪の中、三人は闇の深部からの脱出を開始した。


 


 後方で研究施設が爆発音を立てて崩れる。

 そこにはもう、“神”も、“信仰”も残っていなかった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ