第十四章「Z-9の座標、“生きた脚”の真実」
USBメモリの裏に浮かび上がったコード――Z-9。
その正体を探るため、凛子と惇は札幌の郊外にある旧大学附属研究機関跡を訪れていた。
元は帝国陸軍軍医学校の関連施設で、戦後は脳外傷患者の義肢実験に転用されていたらしい。現在は放棄されて久しいが、施設の奥には当時の記録が未整理のまま残されているという。
壁に残された金属プレートには、銘板のようにひっそりとこう記されていた。
> 「Z系列義肢適合試験体保管庫 - 被験体No.9/骨格保管:凍結第3棟」
***
「Z-9……まさか、“製造番号”じゃなくて“被験体の識別子”だったなんて」
凛子は呆然と呟いた。
彼女の義足は、事故後に名古屋の私設義肢工房で造られたはずだった。
だが、実際にはその“設計”自体が、この施設のZ-9と呼ばれる少女の脚部スキャンデータを元に作られていた可能性がある。
それは、つまり――
彼女の脚は、誰かの“複製”だった。
惇はその事実に怒りを覚えていたが、凛子はなぜか落ち着いていた。
「わたしは、誰かの“身代わり”だったのかもしれない。でも……それでも、この脚で歩いてきた記憶はわたしのものよ」
***
施設の地下3階、旧凍結保存区画。
凛子は、ガラスの向こうにそれを見つけた。
保存室には、ひとつの鋳型と骨格標本、そして冷凍保存された生体脊髄の断片が並んでいた。
そして――その一角の、硝子製カプセルの中。
そこに横たわっていたのは、**少女の下半身だけの“生体”**だった。
脚の皮膚は異様なほどなめらかで、爪は丁寧に切り揃えられていた。
下腹部から上は存在せず、カプセル内に浮かぶその脚は、まるで意識のない別人格のように静かだった。
「まさか……これが、Z-9……?」
医療記録にはこうあった。
> 【Z-9】:被験者・推定年齢14歳。
> 拒食性身体離脱障害、解離性同一性障害、脚部保存適応指数93%。
> 本人同意により腰部以下切除。身体意識の持続を目的とし、義肢データ複製に用いる。
> 現在も生体維持装置により保管中。
「本人同意……?」
凛子は言葉を失った。
“誰か”が、自らの脚を切断して他者に“贈与”することを望んだというのか。
だとすれば――自分が今履いている脚は、その“意志”の延長なのか?
その瞬間、研究室のモニターに映像が走った。
それは、かつてZ-9が語った肉声だった。
少女の声は静かだったが、不思議な知性と諦念に満ちていた。
> 「わたしの脚は、わたしには重すぎた。でも、誰かの“かたち”になるなら、それもいいと思ったの。
> 自分の足で立てない子が、それで歩けるなら。
> わたしは、“身体”を他人に明け渡して、心だけになりたかったの」
凛子の心臓がぎゅっと締めつけられた。
Z-9は“失った”のではなく、“手放した”のだ。
「……惇、もしこの子が今も“意識”を持っていたとしたら、わたし、向き合わなきゃいけない」
惇はうなずいた。
「でも、忘れるなよ。お前がそれで歩いてきた日々は、お前のものだ」
そのとき、突然施設の警報が鳴り響いた。
“供与体再起動シーケンス進行中”のアナウンス。
誰かが、Z-9の意識を取り戻させようとしている――
「罠かもしれない!」
惇が叫ぶ。
だが凛子は、目の前のカプセルに近づき、小さな手をそのガラスに添えた。
そして、ほんの一瞬――
凛子の義足が震えた。まるで、何かが“共鳴”しているように。
カプセルの中の脚も、かすかに動いた。
その動きは、自我のなごりか、怒りか、あるいは別れの挨拶か。
ただひとつ確かなのは、凛子が今、自分自身と“脚の記憶”を繋げたということだった。
***
施設を離れたあと、凛子は静かに呟いた。
「Z-9の脚は、わたしの脚になった。でもそれだけじゃない。わたしは……あの子の“生き残り”でもあるのね」
惇は彼女の手を握った。
「じゃあ、これからは二人分、生きていこう」
凛子の瞳に、涙が浮かんだ。
それは悲しみではなく、長い時を経てやっと得た“自分の身体を赦す”ための涙だった。




