第十二章「燃える部屋、偽装死体、そして地下納骨堂の“義足の声”」
ボウッ――!
火が一気にカーテンへ燃え移り、部屋の中はたちまち煙に包まれた。
「凛子、伏せろッ!」
惇が凛子をベッドの下に引きずり込む。窓際の炎は瞬く間に室内へ広がり、天井の火災報知器が悲鳴のような音を立て始める。
「出口は……」
惇は迷わず壁の石膏ボードを拳で叩き壊す。
その向こうには隣室との隙間があった。身をかがめながら、凛子と共に火の海から抜け出した。
***
10分後。外に出た二人は、近くのコンビニのトイレで服を脱ぎ、備え付けの着替え用スウェットを盗んで身体を拭った。
「惇……私たち、もう生きてることさえ許されないのね」
「だったら、死んだことにするしかない」
惇の目は冴えていた。すでに次の手を考えていた。
彼が知る“便利屋”――死体偽装や身分偽装を専門にする裏の人物へ連絡を取る。
名古屋・中村区、かつての歓楽街裏路地の一角でその男と落ち合う手はずだった。
***
夜21時。
凛子と惇は「東山墓地」の裏手にある地下納骨堂へと向かった。
納骨堂の内部は湿っており、カビの臭いが鼻を突く。
案内人などいない。だが、ひとつだけ、地下室の奥で青白い光が点滅している部屋があった。
そこにいたのは――義肢工房でかつて行方不明になったとされていた技術主任・酒向悠司だった。
車椅子に座り、やせ細り、目は充血していた。
生きてはいたが、その目は死んでいた。
「凛子さん。あなたの右脚の義足、あれは“他人の脚”を模して作られてるんですよ」
静かな声だった。
「あなたが事故で足を失う数ヶ月前、ある少女が失踪した。その子の脚部データを3Dスキャンし、模型化して作られたのが――あなたの今の義足だ」
「……そんな、こと……」
凛子は頭を抱えた。
「じゃあ、私は……誰かの死体の模倣を“履いて”生きてたの……?」
酒向は、震える手である記録映像を再生する。
モニターに映るのは、義肢工房の深夜。冷凍保存庫から引きずり出される少女の足部の影だった。
そしてその直後、凛子の義足と全く同じ形の義足がプリンターから成形される。
惇は怒りに震えて拳を握る。
「どうしてそんなことをした……!? 何のために……」
酒向は答えた。
「“喪失フェティッシュ”の顧客用モデルとして開発されたんだ。失われた身体の再構成……ある種の理想化された切断。それを欲する者が、一定数いた」
「その中には……お前の名前もある、惇」
沈黙が、部屋を包んだ。
凛子が振り返る。「惇……それ、ほんとなの?」
惇は唇をかみしめる。そして、ゆっくりとうなずいた。
「最初は、興味本位だった……“切断美”への……でも、凛子、お前と出会って変わったんだ。もう欲望じゃない。愛だよ」
凛子は目を閉じる。
「……本当にそう思ってるなら、あたしを連れて逃げて。どこまでも。もう真実なんて、どうでもいい。生きていれば、それだけでいいの」
***
その夜。
火災現場からは、焼け焦げた身元不明の遺体が一体発見され、翌朝の新聞にこう報じられた。
『名古屋市内の民泊で男女焼死。被害者は吉住凛子と中沢惇か――関係者証言』
だが、その記事を見ながら、北海道方面行きの深夜バスに乗っていた“二人の人影”があった。
凛子の義足の足元に、ほんのわずかに火傷の痕が残っていた。
けれどその脚は、今も静かに、確かに“歩いて”いた。




