第十一章「“名古屋”への帰還――消された映像と第三の殺意」
フェリーは苫小牧を出港し、仙台を経由して名古屋港へと向かっていた。
船室の窓から見える海は、灰色で、どこか死んだ目をしていた。
「……帰るんだね、また」
凛子がぽつりと呟く。
「いや、“戻る”だけだ。帰る場所なんて、もうないさ」
惇は、しっかりとした声で言った。
“山胎村”を出たあと、二人はこれまでの自分たちを封印する覚悟を決めていた。
だが、それを許さない者がいた。
***
名古屋港に着いた日の夜。
二人が身を寄せたのは、市内・熱田区にある格安の民泊アパートだった。
名義は偽装されている。現金払いのみ。だが、すでに“何者か”に追われている気配は感じていた。
「さっきの交差点……明らかに、何かおかしかった」
惇が言う。
「ついて来てたの、あの軽のワゴン?」
凛子の声に、わずかな震えがあった。
惇は頷いた。「一時間以上、ルートを変えてもついてきた。あれはただの通行じゃない」
彼はポケットから小型のUSBメモリを取り出した。
「名古屋に戻った本当の理由は、これだ」
惇の目は暗く沈んでいた。
***
USBの中にあったのは――かつて惇が勤めていた名古屋市内の義肢工房の監視映像だった。
その中には、ある不可解な映像があった。
> 夜中の工房。
> 薄暗い作業室の中で、義肢パーツに“ある血液反応”が出た瞬間。
> そして、その翌日、その工房の技術主任・**酒向悠司**が失踪した。
「あの工房では、裏で“人体義肢”が作られていた。つまり、生身の素材を使った義肢だ」
惇の声が震える。
「俺は、知らなかった……信じてたんだ、ただ“美しい形”を作ってたと思ってた。でも、凛子の足を見たとき……ピンときた」
凛子は沈黙したまま、ただUSBの中の動画を見つめていた。
「つまり、わたしの義足も――」
「……あの工房で、作られた可能性がある」
***
翌朝、部屋のドアに**“赤いインクの手形”**が残されていた。
その下には、A4用紙に印刷された短いメッセージ。
> 「知りすぎた。
> お前たちは、第三の死者になる」
凛子は震えながら壁にもたれかかる。
「第三……じゃあ、第二の死者って誰なの?」
惇は携帯を開き、あるニュース記事を見せた。
それは、北海道から名古屋に戻った直後に死亡が報じられた、御崎あやめの死だった。
“山中で自死”とされていたが、状況証拠に不自然な点が多い。
「俺たちの行動を、全部誰かが監視してる。――いや、誘導しているんだ」
惇の表情は、怒りと恐怖に歪んでいた。
そのとき、凛子の携帯が鳴る。番号は非通知。
恐る恐る出ると、低く抑えた男の声が響いた。
「吉住凛子さん。あなたの義足の“真の出処”を知りたければ、明日の21時、東山墓地の奥の地下納骨堂に来なさい」
男の声は、どこか人工的だった。
それが生者か、死者か、分からないような冷たさを孕んでいた。
***
夜。
二人は部屋の灯りを落とし、眠ったふりをしながらじっと潜んでいた。
だが、午前2時。窓の外に、またあの軽のワゴンが止まっている。
エンジン音を殺し、誰かがゆっくりとアパートに近づいてくる――。
次の瞬間。
ガラスが割れ、火炎瓶が部屋に投げ込まれた。




