第十章「儀式の夜、白い雪と赤い足――凛子の決断」
雪が降っていた。
山胎村の夜は、まるで時間が止まったかのように静かだった。
その静けさの中で、**白い雪の上に、一本の“赤い線”**が引かれていた。
それは――凛子の足跡。そして、彼女の右足から流れた、わずかな血。
***
凛子は、“儀式の間”の奥へと通されていた。
木製の椅子に腰掛け、白装束を着せられた彼女の目は虚ろだった。
「怖くないのかい?」
仙が静かに尋ねる。
「わかりません。ただ……私が私であることが、よく分からなくなって」
義足になって以来、凛子はずっと「失ったもの」に支配されていた。
だが、惇と再会してからは、それを「抱きしめる」ようになっていた。
なのに――今、また新たに何かを“削ぎ落とそう”としている自分がいる。
「これは愛なのか、狂気なのか……」
呟いたとき、仙がふっと笑う。
「君が切るのは“足”ではない。“執着”だよ」
***
一方、惇は村の裏山を駆けていた。
儀式に使われる“秘所”は、古い神社跡に隠されているという。
そこには、最も“深く自分を知る者”だけが入れるとされていた。
懐中電灯の灯りが揺れる。
雪は深く、靴の中まで冷たい。
「凛子……俺は、お前を救いたいわけじゃない。ただ――一緒に在りたいんだ」
彼の足取りは、次第に確かなものになっていく。
***
凛子の前には、短刀が置かれていた。
床には、木製の義足。新品だが、冷たい。何も語らない“かたち”だった。
「私の右足……残されたほうの、健常な脚。これを手放したら、私は何になるの?」
だが、答えは誰もくれない。
目を閉じたとき、彼女の脳裏に、惇の声が蘇った。
> 「お前の“全部”が好きなんだ。喪失も、傷も、声も、無様さも」
凛子の手が、短刀に触れた瞬間――
「やめろ、凛子!!!」
惇の声が、氷を砕くように響き渡った。
彼は、雪を蹴り上げて彼女に駆け寄る。
仙たちが制止しようとするが、彼は振り払った。
「やっと見つけたんだ……何を失ってもいい。お前さえ、ここにいればいいんだ!」
凛子の瞳が揺れる。
そして――短刀をゆっくりと床に置いた。
***
その夜、儀式の間には誰もいなかった。
凛子は惇の背に寄り添いながら、焚き火の前で静かに囁く。
「ありがとう。もう、自分の“かたち”を壊すのはやめる」
惇はうなずいた。
「今ある形で、共に生きよう。壊すんじゃなく、赦すんだ」
白い雪は、赤い線をゆっくりと消していく。
夜は明け、二人は再び“未来”へと歩き出す。




