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最終話 !クリスマス会―とにかく盛り上がって行こう!

34、クリスマス会


 

 クリスマス会は、文化祭の後夜祭同様、代表者の短い挨拶で始まる。

 オダセンがマイクを持って舞台に立ったとき、男子生徒がそんなに盛り上がっていないことに私は気が付いた。後夜祭で島先輩が立ったときと比べると、とても白けている。

 もしかしたらオダセンは、男子たちから嫌われているのかもしれない。

 でも、オダセンの何が悪いのだろう……?

 私は女子寮の前で和美さんの安否を気にして泣き始めたオダセンを思い出した。

 良い人だし、恋人のことも気遣えるし、時々恥ずかしいけれど正直な気持ちを素直に言える人なのに……。女子達からの評判は悪くないのだ。

 きっと、男子が「同性として気に入る男」に必要な要素は、女子が「異性として気に入る男」の要素と全く別なのだろう。

 私は少し複雑な気持ちで、舞台袖から観客達の顔を見ていた。

 気合の入らないオープニングではあったが、とにかく今学期最後のイベントは始まった。

 ファッションショーに出る早苗とユタは既に舞台袖に控えていた。静香が早苗の髪を束ねて整えている。

 早苗は灰色の男物の浴衣を着込み、脚には下駄を履いていた。

 ユタは艶やかな色の長い着物を何枚も着込み、足元が見えない。着物を引きずるようにして歩いている。

「あれ? これって、十二単?」と、私は早苗に聞いた。

「うん、そうだよ。近所の写真屋さんから借りてきたんだぁ! 本当は私が着たかったのに……」

早苗は不満顔だ。

「はい。ちょんまげの完成!」

静香は得意そうに言う。スプレーをかけて小さく結った髷を固定した。

「ああ~! 何で私はバカ殿みたいな格好をして、ユタがお姫様の格好をしているんだぁ? 不公平だぁ!」と、早苗はぼやく。

 ユタは既に顔に化粧を施してあったが、髪はいつものままだ。

ユタの髪は男子にしては長い方だが、十二単には全く似合わない。

「ねえ、髪はそのままなの?」

 私が聞くと、ユタは得意そうにすぐ側の床に置いてある紙袋を指差した。

「その中にカツラが入っているんだ。取ってくれよ」

 私は袋から黒々とした大きな塊を取り出した。

「長い!」

 カツラを持った手を高々と上げて、やっと毛先が床の紙袋から離れた。そのままユタの頭の上にカツラをのせる。黒髪は艶やかな薄緑色の着物の上をすべるように落ち、先が床にわずかに着地した。

「……身の丈のロングヘア」と、隣で静香がつぶやいた。

 ん? そう言えば、期末テスト前まで話題になっていた男子寮の幽霊も身の丈ロングヘアだった……。

 私は静香のほうを見た。静香も私を見た。そして、二人でユタの腕を左右から掴んだ。

「あんたが、幽霊の犯人だったんだ!」

 私たちの怒り声にユタはニヤニヤと笑い返す。

「今頃気が付いたのかよ?」

「説明してよ!」と、静香が詰め寄る。

 その時、舞台の上の司会者がファッションショーの始まりを宣言した。

 最初の一組は早苗とユタだ。

 ユタは慌てて私と静香の手を振り払うと、早苗と一緒に舞台の中央までシズシズとそれらしく歩き始めた。

 拍手と野次を飛ばす声で体育館中が盛り上がる。

 早苗はゆっくりとした大股で堂々と歩く。

 ユタはナヨナヨと身をよじりながら歩く。

「嫌々女装したくせに、結局役にはまりきってるじゃん」

ユタを見ながら私は言った。

「ノリが軽いからね、ユタは。……武が見た白い着物の幽霊は、着物の襦袢を着たユタだったんだろうね。ショーの為に女装の練習をしていて、ちょっと廊下を歩いてみたくなったんじゃない?」

 静香は花道を歩く二人に目をやりながらしゃべった。

「で、武がそれを見て、思いのほか怖がったから、ユタは面白くなったんだ。他の男子も脅かしてやろうと、それからも女装してカツラをつけては男子寮を夜な夜な歩き回ったんだ! でも、カツラなんて持っていたら、『部屋点検』の時に見つかって、幽霊の正体もバレるはずなのに、何で見つからなかったんだろう?」と、私は静香に聞いた。

 花道の先端にたどり着いた二人は、そこでポーズを決め、生徒達のカメラのフラッシュを一身に浴びていた。きっと今頃、健太郎は誰にも撮れないような良い写真を、誰にも気が付かれること無しに撮っていることだろう。来年の文化祭の展示にはユタの女装写真を是非展示してやろうと私は密かに考えていた。

「『部屋点検』で、見つかると拙いものはだいたい女子寮に来るものなのだけど……」と、静香は考え深げに言った。

 あの日、私はユタからバッグを預かった。けれど、中にはエロコレクションばかりで、カツラははいってはいなかった。ユタは他の女子に預けたのかもしれない。

「早苗だ! 早苗も誰かからバックを預かってきたんだ」と、静香は言った。

 私は思い出した。早苗の机の下に、男物のバッグが一つ置かれていたことを。

 部屋点検の日には、カツラは早苗が持っていた。だからあの夜には幽霊が現れなかった。

「じゃあ、早苗も幽霊の正体をとっくに知っていたんだね?」

 私は静香の横顔を見ながら言った。

「そうだろうね。幽霊が着ていた、赤いチェックのプリーツスカートは、早苗のお気に入りの洋服だし……」

「何だ……。じゃあ、ハサミの供養も神社の話も結局、幽霊には関係ないじゃん!」

 私はため息を吐いた。

 

 プログラムは順調に進み、島先輩達のバンド演奏が始まった。

 軽快なリズムでリカのドラムは音楽を引き立てている。

 華奢な腕が振り上げられる振動と共に、髪にさざ波が起こり、勢いよく叩く時には津波のように揺れた。寄せて返す、漆黒の海。

 ふいに私は肩を誰かに掴まれた。振り向くと背後に健太郎が立っていた。予想通り、手には重たいカメラを持っている。

 健太郎は私に何かを言った。しかし、大音量で奏でられる音楽に彼の声はかき消される。

 私は両腕を広げて「わからない」という身振りを、外国人がするようにして見せた。

 健太郎は口をパクパクさせながら、観客席を指差す。どうやら、「正面から見ようよ」と言っているらしい。

 私もリカの演奏をもっと良く見えるところから聞きたかった。けれど、いいのだろうか? オダセンと朝子先輩を舞台裏に残して、私だけ他の生徒たちのようにこのイベントを楽しむのは悪い気がした。

 私はオダセンの方を見た。彼は既に健太郎と私の会話を見ていたようで、すぐに笑顔で「OK」サインを出してくれた。

 私と健太郎はこっそりと、舞台袖から体育館の床に降りた。

 ちょうどその時、一曲目の演奏が終わった。

 舞台ではキーボードが用意され、ユタが舞台に上がった。そして、島先輩からマイクを受け取った。そして、私達を見つめながら言った。

「これから演奏する曲は、俺の親友が大好きな曲です! 皆も楽しんでください!」

 隣で健太郎が「まさか……アレ?」とつぶやく。

 マイクは再び島先輩の手に握られた。ユタはゆっくりとキーボードに手をのせる。リカも椅子に座りなおした。

 会場の明かりが徐々に薄くなっていった。生徒達は静まり返る。

 優しいメロディがキーボードから流れ始めた。島先輩の低い声が、気持ち良い発音を奏でる。外国語の歌だった。

 私は隣の健太郎を見た。

「どういう意味の歌詞なの?」と、聞いた。

 健太郎は私の方をチラリと見てから口ごもり、うろたえ、自分の掌を見つめ、視線を舞台に戻した。暗くてよくわからないが、もしかしたら赤い顔をしているのかもしれない。

 何? 何なの?

 しかし、意味が解らなくても、心地の良い旋律から、それが、もしかしたらラブソングなのかもしれないと私は思った。

 あ、そうか。だから健太郎は隣でテレているんだ。男の子にとって、面と向かって、愛だの、好きだのと話すのは気まずいことなのだろう。

 私は島先輩の歌う声にうっとりとした。

 突然、ギターとベースが激しく鳴り、リカのドラムが加わった。

先ほどのメロディのテンポが速くなる。会場が明るくなったような気がした。

ノリの良い曲だ。島先輩は歌いながら手や足で踊るようにリズムをとっている。

舞台近くに座っていた女の子の一群がそわそわと揺れ始めた。手拍子を始める先生達もいる。

元気が良い曲だ。ラブソングじゃないのかもしれない……。

私は少しがっかりしたが、この曲をとても好きになった。

床に座っていた女の子のグループが突然立ち上がり、音楽に合わせて好き好きに体を動かして踊り始めた。

高校一年生女子達の一群が立ち上がり、腕を振り、腰を振り、手を叩いてリズムの波に乗った。

静香はヘアスプレーをマラカス代わりにして振っている。

千絵は大きく体をよじりながら暴れるように踊っている。

早苗は小さく脚を動かしながら上品に揺れている。

さやかは立ち上がってはいなかった。武の横に座り、一緒に手拍子している。踊るのが大好きなさやかのことだ。本当は友達の中に混じりこんで一緒に踊りたいのかもしれない。しかし、武を一人、床に置いてゆくわけにはいかない。

私は体育館中を見渡した。男の子は誰一人として立ち上がっていなかった。盛り上がっているのは女の子達だけ。でも、男の子達の表情も楽しそうだ。手を叩いたり、そわそわと揺れている子もいる。

隣の健太郎を見ると、手を膝の上にのせ、指を膝に叩きつけてリズムを刻んでいた。

男って、こういう時のノリが悪いんだよな……。

格好つけているのか、大人ぶっているのか、男子達は何処か一歩引いた場所からこの体育館の盛り上がりを眺めているように見えた。

気のせいだろうか、何人かの男子が、私達の方をチラチラと見ている気がする。

 健太郎の足首が揺れ、床の上でリズムを取り始めた。

男の子のプライドって、変な時に垣間見られるものだ。楽しい時に、その楽しさを全身で表現してみたっていいのに、そういうことは男子達の間では「格好悪い」となされているようだ。

「先輩!」

 俊介君が健太郎の隣にやって来て座った。

「先輩、お願いしますよ。アレ、やってください。じゃないと、男子全員楽しめません」

「……嫌だ」

 健太郎は膝を抱え込んでしまった。

 アレって何だ? 

  舞台の上で、突然、ユタが島先輩のマイクを奪った。

「ケン! やれ!」

 弾けるように健太郎は立ち上がった。まるで、今まで溜め込んできたエネルギーが爆発を起こしたかのように健太郎は動きまくった。踊り始めたのだ。

 男子の野次を飛ばす声が響く。そして、今まで石像のように動かなかった男の子達が歓声を上げながら次々に立ち上がり、踊りだした。

 私はただ唖然と健太郎を見つめていた。

彼は手足をめちゃくちゃに動かして、踊っているというよりは、カカシが暴れているように見えた。

かなり、格好悪い!!

でも、健太郎はとても楽しそうだ。他の男子達も健太郎のように、冗談のようなダンスをして笑い合っている。

見栄っ張りな男の子達は自分一人では恥ずかしいことができない。誰かが最初に恥をかいてくれるのを待っていたのだ。で、それは男子寮における、健太郎の役割だったのだ。

私は「恥ずかしいなー! もう!」と、口の中で言い、それでも立ち上がって健太郎の側へ走った。このヒステリックなほどに楽しいダンスに参加するために。

 


35、退寮日


 

 退寮日の朝は慌しかった。

 私はお昼出発のバスに乗るのだが、ほとんどの生徒は午前中の早いバスか電車に乗って帰ってしまう。友達がバスやタクシーに乗り込むごとに見送りに出るので、忙しい。さやかも静香も千絵も早苗も帰ってしまった。

 ついさっき、私は健太郎を見送った。彼の実家は私の家から遠く離れている。冬休みに会おうと思っても、簡単に会える距離ではない。

 私がそのことで嘆いていると、健太郎はのんびりと、「冬休みは短いし……」とつぶやいた。

 そういう問題じゃないのだよ! わかってない! クリスマスは? お正月は?

 私が不満顔でいると、彼はまた呑気に「来年もそれなりに長いだろうし……」と独り言のように、わけのわからないことを言った。

 まあ、いいか。大衆のイベント熱に巻き込まれたカップル達が長続きしないことは知っている。世の流れに追いつこうとするよりも、自分達のペースを乱さないことが大切なのかもしれない。

 そんなことを考えながら、私は健太郎を乗せたバスが見えなくなった校門を引き返し、女子寮へ戻るため、裏庭をぶらぶらと歩いていた。

 何だか、ちょっと寂しいし、せつない。

 ふと、気が付くと、ドラムを叩く音が聞こえてくる。

 変だ! ドラムがある音楽室は食堂のある建物の中で、裏庭からは遠く離れている。音が聞こえてくるはずが無い。

 しかし、今私の耳に聞こえるリズムは、かなりはっきりと聞こえるのだ。まるで近くで叩いているような……。

 私は裏庭にある唯一の建物、物置小屋へと走った。

 板を貼り付けただけの簡単なドアを開けると、そこにはリカがいた。

 暗い小屋に、太陽の光が天井の隙間から差し込み、リカの髪に反射する。

 リカは私に気が付いて、叩くのを止めた。

「ここにドラムがあることを知っていたの?」と、私は聞いた。

 リカは頷く。

 シンバルの欠けた部分を指でなぞりながら、

「この学校に来てからすぐに、このドラムの存在を知ったの」と、言った。

「すぐって、いつ頃?」

「この学校に来て、二週間目くらい」

 ちょうど、武とリカが付き合い始めた頃だ。その頃からリカを妬んだり、憎んだりする女子達が現れた。さやかもその一人で、それが今学期の騒動の発端だった。

「ここへはよく来ていたの?」と、私は尋ねた。

「マラソン大会の前くらいまでは、ほぼ毎日来ていたよ。だって、……私、あの頃、とても嫌われていて、皆と一緒にいるのが辛かったから……」

 リカはうつむいた。髪がサラサラと流れ、リカの顔を隠す。

「もしかして、リカは夕食に私たちと一緒に行かなかった時、ここへ一人で来て、ドラムを叩いていたの?」

 リカは頷いた。

 食堂の建物は裏庭からは離れている。全校生徒が食堂に集中する夕食の時間、裏庭で叩くドラムの音を聞きつけた人はいなかった。

 リカはきっと、とても寂しい思いをしていたに違いない。

 私は胸が痛んだ。そして、何の気なしに、

「私も、伸ばそうかなー、髪を」と、つぶやいた。

 リカの目が輝いた。

「似合うよ。絶対に」

 やっと私にはわかった。リカの髪が長い理由が。

「私も、長い髪が好きなんだ」と、私は本心から言った。

 長い髪にする理由も、しない理由も、たくさんあるだろう。しかし、感性はシンプルに本当に欲しいものを主張する。

「来学期が楽しみだね」とリカが言った。

「楽しみだね。来学期には、リカの髪ももっと伸びて、膝に着いちゃうかもよ」

 リカは嬉しそうに「そんなに早くは伸びないよ」と笑って言った。

 そして、彼女は白い息を吐くと、ブーツの足音と床板の軋みを響かせながら、ゆっくりと小屋から出て行った。

 明るい日の下に出た彼女を白い光が包んだ。黒い髪は今、プラチナのような輝きを放ち、「天使の輪」を映した。


―――完―――

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